アートの才能を伸ばす女子教育
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人は集まりましょう。パート6
しろくまさま
パート5が容量オーバー気味の様子ですので、新スレを立てさせて頂きます。
出しゃばり、どうかお許しください。
いつもお忙しい中、親身で適切なアドバイスを下さるしろくまさまに
心から感謝申し上げますと共に、今後とも
中学受験に悩む保護者達に御助力下さいますよう
よろしくお願い申し上げます。
相談者の方々に
このスレでの御相談に対するしろくまさまのアドバイスは
外部ブログに掲載されます。
不都合をお感じの方は、その旨明記くださいますよう。
イヌイットさま 外の人さま
とても控え目でいらっしゃいますが、しろくまスレをこっそり支える
善意の協力者でいらっしゃると思っております。
いつもありがとうございます。
「計算」さま
よいじゃないですか。計算ができなくても、10問やって全部できなくてもいっこうにかまいません。模試で最初の計算、間違えちゃうんでしょ? 笑い飛ばしてやってください。
な~んて言おうものなら、はぁ!? しろくまさんっ ふざけないでくださいっ と、怒られてしまいそうです。
算数が得意なことと、計算ミスをしない、ということはまったく別なんですよね… そ~んな子、何人も何人も何人も見てきましたよ。
いちど、昔、算数科の講師たちや、中学受験経験のある講師たち、文系教科の講師たちと、「なぜ、計算問題をまちがえるのか」というギロンを講師控え室でやって、けっこう盛り上がったことがありました。
間違えるときは間違えるんだから、理由もくそもないやろっ
というヤツもいれば
いや、間違えるには理由がある。ミスをする場所、条件は、あんがいときまっている
というヤツもいました。
そんなの訓練さ。何度も何度もやればできる
というヤツもいます。
対策として、すでにやられた、というところに関してですが…
「ゆっくりでよいので」
という部分は、まずは、再度取り入れてください。時間制限ではなく、「何分かからるか測定するね、あなたのもっとも快適な速度で解いてね」という主観的時間制限ですね。
これは是非やってください。ただ、正解するまで繰り返す、は、避けてくださいね。
計算問題は、量と速度だ、という考え方からまずは離れてください。ミスをする訓練も同時にしていることになります。
ゆっくり、計算痕跡と手順を飛ばさず、ていねいに…
「遅速計算練習」
という方法ですね。
それから、あとは、学習環境の同一化です。ふだんの家での計算練習も、しっかり机にむかわせて、椅子に座って解く。模試や試験と同じカッコで訓練する。
そしてこの環境の同一化に関してですが…
お子さんの場合は、計算練習だけを単独で独立させてしないほうがよいかもしれません。
かんたんな文章題や、一行問題などをたくさん解く、というように、計算練習そのものを問題を通じてやっていく、という方法です。
「まちがえてはいけない」
「速く正確にしなくてはいけない」
ということを強いる状況から、ちょっと離してやる、ということが大切かもしれません。
それから、それらに加えて、通常の計算とは少し違う訓練を入れてみる、というのもよい方法です。つまり、イギリス式でして…
たぶん、そういう入試問題もあるのですが、計算する、のではなく、計算記号そのものを入れる、というやつです。
5+6-2=( )
ではなく
5( )6( )2=9
を考えさせるような問題です。たぶん、こういう問題集、あるハズなんですよ。
作業計算ばかりすると思考計算を忘れて、それがミスを誘発する、という「図式」になっている子がけっこう多いんですよね。
お子さんのようなタイプの場合は、ちょっと他の子どは違う方法を取り入れてみてはどうでしょうか。
何か追加質問があればどうぞ。
しろくまさま
早速のご返答ありがとうございました。
遅速計算練習、実行させてもらいます!
ゆっくりでよいので、、をやめたのはゆっくりでも、時間制限をもうけても一向に正解率があがらなかったからです。再度トライしています。
正解するまでやる方法は私もうんざりしていたのでやめます。
計算問題を独立させない、、は目からうろこです。発想が違いますね。
いつも毎朝学校に行く前に計算をやっていたので独立させないという方法は全く考えませんでした。
朝起きる→ごはん→計算(ここで毎回間違えてに私が爆発!)→半泣きで学校という感じです。
環境の同一化も実行します。一応机の上ではやっていますが机の上が汚いのとパジャマでやっているのが違うことでしょうか。
思考計算で出していただいたような考える問題は小さいころから大好きです。
一か月ぐらいとりあえず試して報告させていただきます。
講師の先生の間でも議論で盛り上がるくらいなのでやはり永遠のテーマなんですね。
親としてはもったいないよ、、せっかく解き方わかってるのにさ!といつもいいたくなります。
小5なのに本当に簡単な計算を間違えるんですよね、、
先ほども、私がわからなかった複雑な図形の角度の解き方がひらめくくせに、最後に三角形の和で100度と45度ともう一つの角度を=45度とだしていてずっこけました。
しろくま様のように笑い飛ばせる度量の広さがほしいです。
本番の試験は一点、二点で合否がきまるのに計算で間違えていたら!ときりきりしてしまいます。
公開の一番なんて97%正答率とかなんですよね、、100人のうちのアホ三人に入っているかと思うと暗澹たる気持ちになってしまいます。
しろくまさん。
アドバイスを有難うございます。おっしゃる通りなのです。
今まで目標だったところに手が届くとまだ足りていないところに目がいき、次を急かしてしまったのかもしれません。
他の方へのアドバイスも拝読させていただき、気づいたのですが、言っておりました。
計算問題で絶対間違えてはいけない!と。難しい問題が解けるようになったのに、簡単な計算で点を落として結局成績が上がる前と一緒になり、がっくりきていました。
やはり、算数はもう一度復習に戻ろうと思います。いつもご相談させていただくことで冷静さを取り戻すことができ、感謝しています。
重ねて申し訳ありませんが、志望校についてもご相談したいのですが…
今までのスレを検索してみましたが、なにせ膨大な量でうまく探せませんでした。もし重複するようでしたらすみません。
志望校は高砂白陵です。こちらの対策について教えていただけませんでしょうか?
過去問をみますと算数はもちろん、理科にはなかなか手ごわいものを感じております。
急ぎませんので、またお時間の空いたときにどうぞ宜しくお願いします。
しろくま様
早速のアドバイス、ありがとうございます。
私自身が仕事に追われ、塾やハンドボールの送迎等に追われ
下の子にも手がかかり、余裕がないままに時間がたち、結果の
見えない毎日のなかで、本質を見失っているような気がします。
いや、すべて言い訳ですよね。
去年のクラス崩壊や娘が担任の目の仇になっていた状況。
そして、今年クラスや担任が変わっても、去年の投げやりな状況
から脱出できず、授業中居眠り等をしてしまうような現状。
そういったものすべては、そのままハンドボールの顧問の耳に入り、
(同じ学年で担任を持たれています)また娘のイメージが悪くなり、
練習も不真面目だから余計に干される・・・。
そんな、悪循環の繰り返しのなかで、「ハンドができないのは塾で練習を
休むから」「塾の勉強ができないのは、ハンドが忙しいから」と
双方が言い訳の材料になっている状況でした。
ちなみにハンドボールは確かに休む子供は試合に出してもらえなく
なっている状況です。学校名がつき、学校で練習していますが、
クラブチームとして捉えなければならないチーム、監督のスタンス
です。
それだけ真剣な思いで指導していただいているのも事実ですし、娘の
中途半端な向き合い方は認められないだろうなとも思っています。
一方で、勉強とハンドの両立をして、中受で結果を出した先輩も多々おられます。
結局は、本人次第ということです。
娘は運動神経が良いとは決して言えず(球技には向いていないようにも
感じられます)、人一倍の努力が必要だと思われます。
ただ、好きだから続けるという気持ちは尊重してやりたいとは思っています。
話がそれてしまいました。すみません。
塾での三者面談の結果、夏期講習は受講せず、自習で計画を
たて、一学期分の15回の週実テストで何回満点とれるか(1回分につき
3回、計45回受けるということになっていました)・・・ということで
スタートしましたが、私は面談の時点で無理だろうな・・・という思いも
ありました。
今まで学習計画を自分でたて、そのとおりにできたことがなかったから
です。 そして、今までもたびたび、ごまかしたり適当に勉強している
娘の状況を見ていたためです。
結果は案の定・・・。非効率に10時間近く塾にいて、ノートに二行計算がして
あるだけの日もありました。
塾の先生は今までも丁寧にフォローもしてくださり、今回も最終的に
「手を動かすこと」をメインにして、少しでも達成感を持つために、できる
問題を主にして、テストの回数を増やして、ほぼマンツーマンでご指導
いただいていました。
正直、本人は苦痛で仕方ないはずです。
私自身も算数でつまづき、大嫌いでしたので、余計そう思うのですが、
嫌いな科目だけを延々やる形になった2月以降は、楽しく塾にいけて
いたのかどうか・・・。
そこに追い打ちをかけ「算数だけしかしてないから受験なんて無理」
「やる気ないなら辞めろ」という負のコトバしかかけて来なかった
のは、親の私の反省すべき点です。
しろくまさんのおっしゃるとおり、本人がやりたい(中受)とは言った
けれど友達と遊ぶ時間、(本人の好きな)ダラダラぼーっとする時間を
ほぼすべて奪ってきたような気もします。
時間イコール勉強量ではないのですが、結果を求め、親の焦りばかり先立ち
「意地」になり、今に至っている・・・そんな状況です。
そんななかで、娘も本音を語らなくなってしまっているような気がします。
なので、なぜ、今も(9月からのことについて本人に聞きました)塾にいきたい
のか、中学受験をしたいのか、それが娘の本心なのか、正直わからない
のです。
一番、身近にいるはずの母親なのにです。 情けない話です。
塾は四谷大塚準拠で進めているKです。
過去には悲しい事件もありましたが、娘の通う教室は集中的に算数特訓などを
実施するような、いわゆる基幹校?であるからか、教員の方はみなさん熱心
にも思えます。(他塾に通わせたことがないので私の感覚でしかないですが)
ただ、しろくまさんのおっしゃる好きな勉強、できる部分を突破口にする
という方法と真逆の方向に進もうとしている今、どうしてやるのがよいのか
迷いが生じています。
そもそも、算数だけになったのは、嫌いな算数から逃れるために、比較的
楽しいと感じる社会と国語にばかり逃げていたからなので。
その際、苦手分野を克服すれば、あとはスムーズにいけるというお話も
お聞きしており、私なりにも確かに納得してのスタートでした。
ただ、ここまで長い期間4科目に戻せないとは思ってはいませんでした。
中学受験がすべてではありません。
地元の公立中学は山城圏ではトップクラスであり、先生方も熱心で、頑張れば
高校受験で結果を出せると思います。
ただ、レベルが高い分、内申を取るのが厳しい、埋もれてしまうことも事実です。
娘は現時点では同志社香里に行きたいといっています。 親としても国公立大学を
目指すための受験ではなく、大学付属校で存分にクラブや友達との付き合いを楽しんで
もらえたらという思いがあります。 このへんも甘い、人によっては(うちは経済的
にも裕福ではないので余計に)無駄だと言われることは自覚しています。
そして、主人は受験には反対のスタンスです。
大多数の人がやらないことを無理にやる必要はない、と。
主人は大阪出身なので、公立高校でなぜ難しいのかという話です。
(第一学区で上位校出身でした)
娘がイヤイヤやってるようにしか見えないというのも理由です。
ただ、本人がやりたいといっている限り、後押ししてやりたい思いは
私同様あります。
しかしながら、ハンドボールの練習をとるか塾をとるか(遠征など
重なることが非常に多い)・・・で悩んでいる時点で、受験に向けての考えが
とてつもなく甘いのだなとも感じています。
娘は9月から2科目に戻ることを素直に喜んでいました。
でも、算数は嫌いに決まってるやん!と。 けど、解けたらうれしいと。
昨日は先生が横について、ずっと教えてくれたと嬉しそうに、間違った
ところを見せてきました。
祖母には「3年から行ってて、これではアカンと思ってるねん」
塾の先生には「お母さんに暴言ばかり吐いてしまって、悪いと思ってるけど
うまくいかへん。治るんやろか」と素直に話しているようです。
私との関係悪化も今の状況を生み出しているのかもしれませんね。
ありのままを受け入れ、ぶつかって、何かしでかしたら謝ればよい!
あ、そうなんだな。 私の自己保身がダメなんだな、としろくまさんの
アドバイスで気がついた次第です。
塾からは中学受験をするなら、11月がギリギリだと言われました。
遅くとも11月には4科目に戻す、それが無理ならば受験は諦めるという
話です。
このまま塾の方針で進んでいっていいのかどうか・・・新たな迷いも出てきました。
楽しく、勉強する。 ハンドボールもがんばる。
その先に受験もある、という形になんとかなれば良いなと思うのですが
どうするのがベストか、娘にすべて委ねるのはやはり危険でしょうか。
親が迷いすぎていますので、アドバイスいただければ幸いです。
追伸:京都では洛北も北嵯峨もハンドボールは強いです。マイナースポーツでは
ありますが、関わってみると楽しいスポーツです。
「計算」さま
「計算」さまへのレスを利用させていただいて、改めて「計算」ということについてお話しさせていただきたいと思います。同じような悩み、そしてまた中学受験の算数、ということの大切なポイントでもあると思うからです。
計算をしない算数、というのはありえません。一体不可分です。ということは、「算数」というものから、特別に計算問題、というものだけをとりあげて、これまた特別に訓練していく、ということを「やりすぎる」ことは、別の問題を発生させやすくなります。
別の問題とは何か… 時間制限を強いる、量を多くしすぎる… 結果として雑さと、ミスを助長する、ということになる、ということです。
塾で鍛えられた子に、あんがいと字が汚い、という子が多いんです。というか雑…
計算を急げっ 速く書けっ
ほんとうは講師は「速く正確に」と言うているつもりなのですが、子どもらに一直線に伝わるのは「速く」だけで、数字を雑に書いてしまう、ということ「副産物」として与えてしまうのです。
すべての子がそうなる、というのではもちろんありませんが、程度の差はあれ、そういうことに陥る場合が多いのです。
親がその点を指摘すると、「かまへんねんっ」「これで読めるっ」と言い張ってしまう場合も多いんです。そりゃ自分は、その字を毎日毎時間みているわけですし、そう思って書いているので、「読める」し、親が指摘するほどまずいことである、とは、なかなか思いにくいのです。
それからね、塾の模試では、汚い字でも、できるかぎり点数をやる方向で採点している、というところも問題なんです。
紛らわしい字は○、で、よいように採点してやる、ということです。
びっくりする話をすると、カタカナの「ウ」を仮にひらがなで「う」と書いていても○にしていたんですよ(今は知りません。しろくまの時代はそうでした)。
「ウ」も「う」も判別できないだろう、ということです。採点マニュアルでは、国語の漢字の書き取りでも、かなり「甘く」採点されています。
保護者からの「なでこれは×なんですか!」「これでも○じゃないですか!」という苦情がくる、あるいはそれをあらかじめ予防する、というところの長年の累積から、ずいぶんと甘い採点基準になってしまったわけです。
でも、私立中学の先生にお話しをしたところ、わりと厳しく採点されている場合が多いのですよね…
「入試ですよ。それをちゃんと書く、なんてあたりまえじゃないですか」
「自分の今までの勉強の成果をみてもらう、というテストで、雑に書くなんておかしいじゃないですか。その姿勢そのものがもうだめです。」
その話を聞いて、はっ と、しろくまは思いました。そうなんですよね。私立だろうがなんだろうが、「学校」で、かつ「教育」の場なんです。学校は塾じゃないんだ、ということを強く(あたりまえなんですが)認識した瞬間でした。
就職の面接のとき、ちゃんとしていない人、いませんよね。「答案」だって形を変えた「面接」です。いいかげんな、テキトーな書き方でいいわけありません。
読めない字は×です。
と、あっさりと言われた学校がたくさんありました。むろん、漢字の書き取りも「ちゃんと」みてます、という学校ありました。
国語のテストですよ、あたりまえじゃないですか。
と、改めて言い切られると、これまた、はっ そりゃそうだよな… と、思ったものです。
汚い数字を書いて、読めないから×、ということになってしまうと、それこそミスよりももったいない話です。
美しくなくてもいいから読める字で書く、というのは、基本中の基本なんですよね。
計算練習するから字が汚くなる、というのは言い過ぎですが、速く書け、遅い! ということを小学生にせまりすぎると、そういうことに結果としてなりやすい、ということも確かだと思います。
さて、算数における計算と問題は本来は一体不可分である、ということを申しました。これも実は、私立中の数学の先生とお話ししたときも出てきた話です。
でね、実際の入試問題をよ~くみてほしいんです。とくに、自分の受験する学校の算数の問題です。
塾の講師は、「過去問はしないでください。塾でやりますからっ」と言い放つ場合が多いですが、過去問を「あらかじめする」ことと過去問を「あらかじめみる」ことは別です。
どんな問題が出てるかな、問題数はどんなのかな、解答欄ってどんな形式かな、などは「あらかじめみておく」ことは是非しておいてください。
みればわかりますが、入試の大問1に、計算問題がない学校、けっこうあるんですよ。
入試が終わって会場から出てきた子が、「計算問題なかったよね」と話していたときがあります。え… おまえ、それ、知らなかったの? となったことがあります。(うそみたいなほんとの話ですよ)
ある私立の先生は、計算問題だけ出してもしょうがないっ と、言い切っておられた方もおられました。それを反映してかどうか、第一問目が計算問題ではない、というところ、けっこうあるんです。
女子中は、わりとそういうのが昔は多かったですね。出ても2~3問くらい…
かんたんな、短い文章題、模試の1行問題のようなものを、たくさん解いていっても、十分計算練習にはなるわけで、問題の中での計算ミス、のほうが、はるかに合否に影響をあたえる失敗になります。配点が大きいですから。
前に比喩的に
キャッチボールは野球の基本だ。でも、キャッチボールの練習ばかりしていてもキャッチボールがうまくなるだけで野球がうまくなるわけではない。
素振りはバッティングの基本だ。でも、素振りばかりしていても素振りがうまくなるだけでヒットが打てるわけではない。
計算の訓練「ばかり」しても、速さや量を強いても、逆に弊害も生みだしていく、ということに、ちょっと留意してほしいんですよね。
日々の計算練習が大切なことはたしかです。でも、同時に、易問も解いていく、という「問題を通じての計算練習」ということも意識してほしいな、ということです。
考えながら計算する、というクセは大切なんです。それが速度と量によって「作業」化してしまうと、ミスも同時に増えていくことになります。
何度やってもできない、は、何度もやるからできない、ということが原因である場合もあるんですよね。
難しい問題ほどミスは出ないんです。なぜなら、しっかり考えて思考しているからです。
簡単な問題は、ああ、わかったわかった、ほいほいほい、と、作業になってしまうからミスしちゃうんです。
知人で小学校の教師をしていたやつが、「足し算とかけ算は子ども好きなんだよね。引き算と割り算、たいていの子、いやがるよね…」と、さりげなく言っていたことがあります。
「計算ミスの多い子、引き算の練習量、少ないんよね。で、割り算も引き算でしょ。だから割り算も練習量、少ないんよね… だから、分数も、嫌いなんよね。」
と、ぽつんと言っていたことが印象に残っています。
いまさら引き算の訓練からやりなおせ、なんてことは言いませんが、引くとき、割るとき、に、ミスをしている場合が圧倒的に多いこともまた確かです。
低学年のときに、嫌がらないよーに、うまく訓練していく、というのができればよいのですけれどね…
日々の学習の際の「環境の同一化」も、大切なところです。本番でミスをする、家にかえったらできた、という子の大半はここに原因があります。
模試でも、実際の入試でも、机の面積は40㎝×60㎝です。ここに問題と解答用紙と筆記具をおいて解いていきます。それ以外はない世界です。
家での学習も、そういう「スペース」にしないといけません。
広々としたスペースで、答案も問題集も筆記具も自由における… そんな状況で訓練していたら、そういう状況下でないと力を出せない、ということになるんです。
一時、リビングで子どもを勉強させるのがよい、という話がありました。それは否定しません。そういうのは「理解」のための学習空間にしてください。実際の作業、演習などのときは、椅子にしっかりと座って机にむかい、40×60のスペースでしっかりと勉強する…
ミスをする、一定時間の集中力がない… そういう子は、この「机上」に問題があります。ぜんぜん机の上が片付いていない… 参考書も雑誌も、勉強道具も遊びのものもごっちゃになっている…
それはそのまま、その子の頭の中もそうなっている、と、考えてもよいのです。
さぁ、勉強、机の上片付けなさいっ そんなんじゃできないでしょっ と叱ると、机の上のごちゃごちゃを、手でブルドーザーのように、が~っと押しのけて、ほら、できるやんっ と、すました顔をして言うような子… ミスはするし、集中力はないし、口を開けば「めんどくさい」「べつにええやん」「またあとで」、という受験のタブーを平気で口にしちゃいます。
こんな極端なことはないでしょうが、机の上の40×60のスペースはしっかり確保する、リラックスできるようなカッコでは勉強させない、ということは小6からはしっかりしていったほうがよいと思います。
昔、ほんとに志望校の学校で使っているイスと机を購入して勉強させていた、という保護者いました。そこまでする必要はもちろんありませんが、家庭での学習環境と、模試や本番の環境が違いすぎることは是正していったほうがよいと思います。
「後で見直し」の習慣ももちろん大切です。ただ、しろくまの経験から言うと、テストのときに、残った時間で見直しをして、見直したときにミスをして正しい答えを書きなおしてしまった、という子も案外と多いのです。
あとで見直しをする時間を確保するために速くできるようにする、という戦術は、すべての子に適用できるものではないような気がします。
女子の場合は、「初回正答率」を高める訓練、つまり、遅速計算、思考型の計算、主観的時間制限、という訓練をふだんから念入りにしておくほうがよいような気がしています。
(むろん男子でも計算ミスがひどい子は計算練習の方法を根本から変えたほうがよい場合があります。)
あとは、親のメンタルな部分ですね。
ミスはするのが当然だ、という前提に立ってやって、感情的に叱らず、でも日々確実に勉強していく時間帯をしっかり用意していく、ということに徹してやってください。
そりゃ、イライラ、カリカリしちゃいますよね。正答率97%なら、おっしゃるとーり、100人のうち3人しか間違えていないわけですから、はぁ!? まさかうちの子がそこに入るとはぁ~ とほほほほ…
と、なっちゃいます。
じっさい、子どもは「できている」ことのほうが多いんですよ。ただ、中学受験勉強を進めていくと、「できていること」は当たり前のことで、「できていないこと」はダメなことなんだ、と、なってしまっています。
できている部分の再評価と、できている部分をしっかり磨いていく、ということを怠る原因にもなりますから、評価は広く、トータルにみていく、という心持ちもお忘れなきように。
何か追加質問があればどうぞ。
「迷える羊」さま
白陵ですね。以前に、少し分析したことがありましたが、また最新の問題をよくみてみます。おっしゃるように、確かそのときも理科に難問が多く、よい問題を出題するな、という印象があったような気がします。改めて確認いたしますので、しばらくお待ちくださいな。
「迷える羊」さまへの回答を利用して、ちょっといろいろお話しさせてもらいますね。
たいていのお悩みの解決すべきところ、などは、お母さん方はわかっておいでなのですよ。いろいろなこと、雑音などにかき消されて気が付いていないだけ、という場合がほとんどです。
しろくまによって解決されるのではなく、ああ、そうだった、ということに気がつくだけのことなんですよ。
なかなかご自身の判断や考え方に自信が持てないだけで、堂々と「よそはこうでもうちはうちっ」と確信をもって行動されればよいんです。
ただ、お子さんなどが一人っ子だと、子どもができなかったり、叱られたりすると、まるで自分自身ができなかったり叱られたりしている気持ちになってしまう場合多いんですよね。
子どもができないと、自分自身が否定されているような感じになってしまって…
母親の愛、とはそういうもんですが、それがまた子どもの成長の阻害になる場合もあります。
マイナスをカウントすることが子どものためになる、と、考えてしまうお母さんが多いと思うんです。
マイナスをカウントするのがダメなんではないですよ。そのカウントの過程には、プラスの部分のカウントもちゃんとしてやらないとだめなんですよね。
「できているところはもうええねんっ できないところをちゃんとしなさいっ」
という叱り方は、一見正しいようですが、半分暴言でもあります。できているところを維持していく、さらに伸ばしてやる、というのは、できないところをなんとかするよりも大切な場合が入試では出てきます。
何度も強調しますが、受験で不合格になるときは、たいていは「得意な教科」、いつもできている教科でコケて、苦手な、できていない教科はそれなりになんとかなっていた、という場合なんです。そんな話、ほんとうにめちゃめちゃ多いんです。
灘なんかでも不合格になる子は、苦手な国語、それぼとひどくなかったのに、得意だった算数が惨憺たる結果だった… みたいな不合格の例、あるんですよ…
「できていないところをなんとかしなくてはっ」という意識の先行で、得意な教科、好きな分野をどんどんさせてやる、ということを、知らず知らずのうちに怠ってしまった結果だと思うんです。
できている教科があるからこそ、苦手やできていない教科が目立っているだけで、できている教科、好きな分野も、実際は空洞化していっている、ということはあるんです。
☆ マイナスをカウントするだけでなく、プラスもしっかりとカウントする。
ということを忘れないようにしてやってください。
しろくま様
大変丁寧なご返答を頂き、ありがとうございました。プリントアウトしまして、何度も読ませて頂きました。
確かに最難関を目指すのだから・・・と「時間制限」を設け、「難問中心」のスタイルをずっと続けていました。字はもちろん汚く雑ですし、公開では計算問題を間違うという有様・・・。
公開が撃沈続きなのも、仰るとおり「ゆさぶり」の種に見事にはまっている可能性もあります。特に国語に関しては、不可解なことが多くて・・・。実は、お盆に受験しました他塾の冠模試では、国語がなんと1位だったのですが、同時期に受験した公開の偏差値は、史上最悪の43!もう言葉も出ませんでした・・・。実は、国語が全くできなかった長男は、公開だけ国語の偏差値が60を超えていました。しかし、冠模試などでは記述が足を引っ張り惨憺たる有様。本当に、2度目の受験であっても全くタイプが違う子供なので、初心者と同じです。
次に面談をお願いするときには、しろくま様にアドバイスを頂いた通りにしたいと思います。
また、「易問流し」に関しては、目から鱗が落ちたように思いました。6年生の2学期以降でも、大切なことなのですね。確かに、難問に唸ってばかりの日々です。スラスラと解ける時間帯も大事だと思いますし、メンタル面にも良さそうです。早速実行いたします。
他にも質問をされる方が大勢いらして、お忙しいところ恐縮ですが、あと一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?
次男は、灘以外の「最難関」グループを第一志望としている4科目受験生です。おそらく、統一入試日から3日連続で3校受験することになるかと思います。本人は、3日目の4科目均等配点の学校に行きたいようです。
9月から最レ理科や算数の受講をどうするか、迷っております。算数は決して得意ではなく、8月の成績表でも復習テストの点数は、算数だけ最下位に近いです。最レ算数は1組の中位でした。また、夏期講習の男子最難関コースの算数は、あまりに難しく、時間もかかって大変そうでした。復習テストも惨憺たる有様・・・。
確かに算数は点差が開きやすく、一番大切なのはよく承知しております。しかし残りの5ヶ月間、算数だけに振り回されて良いのかどうか・・・・。社会や理科の基礎知識もまだまだ穴だらけです。最レ講座を外せば、かなり時間的な余裕ができ、それらのフォローに充てることができます。ちなみに本人は最レ講座は続けたいようで・・・・。
これだけの情報で、本当に失礼かと存じますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
「悩めるカエル」さま
言い訳ですよね… などと、あまり自虐的にならないでください。
中学受験というのは、もともと子どもに無理なことをさせているのだ、できなくても当然のことがたくさんあるのだ、という前提に立ってください。
そういう視点において、お父さまのように、受験に反対する、という考え方もちゃんと存在しているわけです。
子どもも、日々、学校の生活の中で、いろいろ苦しんでいるんですよ。大人からみたらたいしたことがない、些細なことにみえることで…
本人次第だ、と、きめてかかる人も多いのですが、子どもに本人次第だ、と、つきはなしてしまうのはかわいそうというものです。
学級崩壊なんかは、マスメディアに大きくとりあげられるようになったのがこの10年のことで、しろくまの時代から学級崩壊、指導力のない先生によるいろいろな問題、というのは起こっていました。
授業中居眠りしちゃうのだって、すべて本人のせいとは限りません。何かひとつのことに原因をもとめようとするから解決ができないんですよね… からまった糸と同じで、根気よく丁寧にほぐしていくのが大切です。
子どもの本心が正直わからない… 身近にいるはずの母親なのに… 情けない…
そのことに落ち込む必要などありませんよ。
子どもの本心なんかわかりません。「子ども」に限らず、人の気持ちはわかるようでわからないもんなのですよね。子どもの気持ちがわかります、というほうが少しこわい気がします。
わからなくて悩むことと、わかった気になって子どもに接していることと… いったいどちらが子育てで大切なことかというと、まちがいなく前者です。
わからない、情けない… そう考えることが、わかることへの第一歩です。
さて、女の子の中学受験でよく口にされることは「××の教科がきらいだから○○の教科に逃げている」という話です。
これ、しろくまが講師をしていたとき、講師控室で、担当の講師たちがよく口にしていた言葉なんです。
曰く「あいつは、××が嫌いだから好きな○○に逃げている。」
もちろん、そういう状況では得点にムラが出ますし、テストの結果も不振になります。
でもね、だからといって、○○をさせないで、××「だけ」にする、というのは、やはり問題なんですよね。
むしろ、○○をたくさんさせてやる、××は先送り、あとまわし、というほうがよい場合が多いんです。
××だけしかやらない、ということをしてしまうと、けっきょくすべてができなくなって、受験そのものをやめてしまう、という流れに進んでしまいます。
申しましたように、好きな教科に逃げてもよいから、勉強そのものは続けさせておく、その流れの中でやがて嫌いな教科にも、取り組めるようになっていく… というのが多いんです。
中学受験は、むろんすべてではありません。選択肢の一部です。
それにこだわるのは、それなりの理由と事情がご家庭にあって、人それぞれなんですよね…
勉強をイヤイヤする、なんてのは子どもの「あるべき姿」ですよ~ でも、やっているうちに、ある教科、ある分野に興味を持ち、そうしてそれを通じて、将来の自分の生業を見つけていくものです。イヤイヤしているから向いていない、なんてのも早計な判断です。
教育の大部分は、子どもにとってイヤなことをさせている、みたいなもんですよ。
それにお話しにあるように、子どもは子どもなりにせいいっぱい考えていて、わかっているけどお母さんには素直に言えない、みたいなところはいくらでもあります。
極端な「丸投げ」は危険ですが、「ゆだねる」ということは大切です。
楽しく勉強、ハンドボールもがんばる、というのは矛盾でも対立でもないと思いますよ。
同志社香里は、しろくまのころは男子中でした。共学になった、という話を聞いてびっくりしました。
大阪に、桃山高校、という私立高校があるんですが、それが中学をつくってそうして男女共学になって… でも、たいへんよい学校になっているんですよ。
大阪の私立から男子校がどんどん減っていって、しろくまはちょっぴり残念に思ってはいるんですが…
でも、そういう共学化した学校、というのは、公立のもともと持っていた良さと、私立の良さをうまくミックスして、クラブ活動もしたい、まぁ、ある程度はお勉強もさせたい、同志社香里の場合は、上の大学にもいけたらよい、と、いうことで、教育の上での多様な選択肢をつくっていて、たいへんよいと思うところです。
そういう意味で、お母さんが考えられている教育プランはけっして間違えてはおられません。
いろいろ、お母さんが考えていることを、まだ、子どもだからわからない、と、思うのではなく、ストレートにお子さんに話してみてください。
親が何か思うところを閉ざしていると、子どもも自分の思うところを閉ざしてしまいます。お子さんがお母さんに素直にならないのは、お母さんもお子さんに率直に向き合っていないからかもしれません。ほんとはわたしはこう思っている、あなたの将来をこう考えている、と、話してみ機会がもし、今までなかったならば、一度そういう機会をつくってみるのもよいかもしれません。
余談ながら… 洛北も北嵯峨もどちらも強いんですね~ 公立高校だから、そういうスポーツのコースがあるんではないですよね?
同志社香里にはハンドボール部はあるんですか?































