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【1787177】未だに靖国神社?

投稿者: そこまで言って委員会   (ID:GbXpJovx0M2) 投稿日時:2010年 07月 02日 20:33

そこまで言って委員会をみてたら、田母神さんが、管さんの奥さんに叱られたと話してました。未だに、戦犯を祭っている靖国神社に参拝してるから当然だけど。彼は面白いけど、子供っぽくって成長しない人だね。

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  1. 【3072790】 投稿者: 日本人  (ID:1dikUCcLhxo) 投稿日時:2013年 08月 11日 23:42

    マハティール・モハマド マレーシア元首相 名宰相として22年務める アジア通貨危機の際には、危機の原因をソロス達ヘッジファンドにあるとし、IMF管理下に入ることなく乗り切った。 管理下に入った国 タイ、インドネシア、韓国

    マハティール・モハマド「立ち上がれ日本人」 新潮新書
    ルック・イースト-日本への憧れ
    東アジアの人々は、マレーシアが「ルック・イースト政策」を採用する遥か前から、東の彼方を見続けてきました。
    日本が明治維新後に近代化の道をたどりはじめたころ、東アジアの多くの国々は、侵略的な欧米の自由貿易論者に開国を迫られていました。日本がこの問題をどう解決するか、彼らは固唾を呑んで見守っていたのです。
    「中国の文化は野蛮な外国に比べて優れている」といような言葉は、開国を迫る西側諸国の軍事力の前には通用しませんでした。彼らは単にアジア諸国の産品ほしさのために植民地化を企て、次々と成功を収めていったのです。イギリスの実質的な植民地となった中国では、多くの港が欧州の貿易基地に転換され19世紀半ばにアジアで独立国として残ったのは日本とタイだけというありさまでした。
    そんななかで日本は欧州の覇権主義をかわし、新たな行政システムを導入し、経済を近代化していきました。江戸から明治へ。歴史的に見て、明治維新は日本にとって大きな転換点でした。明治天皇の時代に下された決断の数々は、多くのことを教えてくれました。そしてその決断を実行した明治の先人を、私は心から尊敬します。
    多くの日本人が当時、産業技術を習得するため欧州に送り込まれました。日本は瞬く間に欧州と同じレベルの産業の技術と、商いの方法身につけました。さらには日本を統治しようとした欧州人の試みすら、1905年、近代化された海軍によってロシア軍を決定的に打ち負かすことで見事に粉砕してしまったのです。
    その時日本は東アジアから尊敬される存在となりました。「ルック・イースト」は何も新しい試みではありません。日本が西側諸国の動向に気を取られて西方ばかりを仰ぎ見ているとき、東アジアは日本に熱い視線を向けていたのです。シャム王国(現在のタイ)は日本の例にならって独立を保ち、東アジアの人々は日本の近代化を見習おうと努力を始めました。自分たちもまた、日本と同じようになれるのではないかと。
    さらに太平洋戦争の初期段階における日本陸軍の成功は、それまで無敵と思われてきた欧州の軍事力の魔法を解くことになりました。東アジアは、彼らの「欧州の君主」も敗北することがあると認識しました。それが、彼らの独立に対する切望の念を強くしたのです。


    第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。 その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
    日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。
    英国歴史家 アーノルド・J・トインビー「オブザーバー」1965年10月28日


    日々幸福に暮らしていることに感謝せず、同化せず、貶めることばかりを考えている。
    反日、悲しい性だ

  2. 【3072854】 投稿者: 当時の証言  (ID:HsDB4ZdPJQs) 投稿日時:2013年 08月 12日 01:05

    部分的なものですが、文献資料をお求めとのことなので、インド国民軍についての聞き取り調査などはいかがでしょう。
    東京大学名誉教授長崎暢子氏が20年かけて、インド国民軍、すなわちスバス・チャンドドラ・ボースに協力した
    日本軍の軍人たちに聞き取り証言と集めて出版したもので、大部に二巻本です。

    長崎暢子・中村尚司・田中敏雄・石坂晋哉編『資料集:インド国民軍関係者聞き書き』 研文出版 2008.412p.
    長崎暢子・中村尚司・田中敏雄・石坂晋哉編『資料集:インド国民軍関係者証言』 研文出版 2008.630p.

    これに対応するインド側の証言の資料は、デリーにあるネルー記念図書館にたくさん所蔵されていますが編集出版されいません。
    ボースの親戚にあたるハーバード大学教授、スガタ・ボース教授は、日本兵は、ボースの希望のために、すなわち
    戦争によるイギリスからの独立を勝ち取るために日本軍の協力を仰ぎ、日本軍はそれに答えてくれたことを自明のこととしています。彼は、ボースの伝記を一昨年、出版しました。

    前述の長崎先生の本のなかで、多くの日本兵がボースの希望を知って戦ったと証言をしています。インパール作戦なども、

    世界史的には、イギリスは、ガンディー率いる会議派が連合軍側に立つことを条件に独立を約束する戦略をとったため、
    ボースの暴力主義を排斥し、マスコミを使って、ガンディーを高く評価します。ガンディーは独自路線を歩み、ボースとたもとをわかつことで、大勢に有利と判断をします。ネルーも、それに賛同し、ボースは会議派を追われることになります。

    こういう学術劇なものも少しは読まれてはいかがでしょうか。

    ちなみに、長崎暢子先生の前の旦那様は、有名な長崎浩氏です。今の旦那様はもっと有名な方ですけれどもね。

  3. 【3072865】 投稿者: 証言  (ID:Qjy9HvD49i2) 投稿日時:2013年 08月 12日 01:39

    二俣川氏の以前の発言を読み返してみたところ、次ようなくだりがありましたのを見落としていました。

    >もっとも、当初こそボースらアジアの植民地の指導者らは日帝に期待したが、すぐにそれは誤解だったことを自覚せざるを得なかった。


    これに対する、文献的な資料的裏付けをすぐにあげていただきたいものです。12時間以内に。

  4. 【3072881】 投稿者: 靖国神社へ公式参拝した国  (ID:ULkkOS2JgOY) 投稿日時:2013年 08月 12日 02:39

    ・インドネシア・スリランカ・タイ・ インド・ドイツ・スイス・フィンランド
    ・ポーランド・ルーマニア・ロシア・ フランス・イタリア・リトアニア・スロベニア
    ・エジプト・チリ・ブラジル・ イスラエル・トルコ・アメリカ・オーストラリア
    ・アルゼンチン・トンガ・スペイン・ペルー・ベトナム・カンボジア・シンガポール
    ・台湾・パラオ等

  5. 【3072994】 投稿者: 二俣川  (ID:lwLv9iKiVeU) 投稿日時:2013年 08月 12日 08:26

    >こういう学術劇なものも少しは読まれてはいかがでしょうか。


    笑った。
    私を舐めてもらっては困る。

    ところで、チャンドドラ・ボースについては、私が小学生のときに読売新聞連載『天皇の世紀』で目にして以来関心を持っていた。
    たしかに民間の一部日本人が彼に協力したが、当時の日帝政府の真意を知り懐疑的だったのではないか。
    それは、日本の傀儡であった南京国民政府の汪兆銘にも共通したものであったと考えられる。

    ネルーについては、当初日本に期待したが、結局英国に代わりインドを支配しようとの目論見に失望している(『父が子に語る世界歴史』みすず書房)。
    孫文も含め、アジアの民族独立運動には大隈や犬養を頼る傾向があった。もっとも、大隈や犬養らは宗主国との関係に配慮して彼らを冷遇した。



    >インパール作戦なども、


    これがインドのために行われたとのご主張なら、学会の通説に真っ向から違背する珍論だ。
    「大東亜共栄圏」に至っては、占領下のフィリピン・インドネシア・ミャンマーに親日傀儡政権を樹立させ、インドシナやタイなども日帝との協力を声明させられた。
    この手口は、ナチスドイツに学んだのではないか。

  6. 【3073027】 投稿者: 二俣川  (ID:lwLv9iKiVeU) 投稿日時:2013年 08月 12日 08:41

    >もし、日本が明治維新もなく中国と同様にアヘンで英国にボロボロにされたか、朝鮮と同様に中国の属国であったらアジアはどのようになっていたか論じなさい。



    勝手な妄想をしていなさい。
    現実に史実はそうではなかったのだから、答えようがない。

    まず、反動一派の端くれとして貴殿自身の愚論を開陳してみてはいかがか。

  7. 【3073048】 投稿者: 学界の通説  (ID:2xOyQXlb8P2) 投稿日時:2013年 08月 12日 08:55

    >これがインドのために行われたとのご主張なら、学会の通説に真っ向から違背する珍論だ。

    では、通説を示す、学会の代表的論文を挙げてください。勉強しますので。できるだけ、2000年以降のものを
    お願いします。

  8. 【3073051】 投稿者: 追記  (ID:sYBY7By5t7Q) 投稿日時:2013年 08月 12日 08:58

    >たしかに民間の一部日本人が彼に協力したが、当時の日帝政府の真意を知り懐疑的だったのではないか。

    これは、別のボースのこと、中村屋のボースのことを指して言っていませんか?
    笑いました。

    その程度の知識ですか。

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