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投稿者: ひまわり (ID:iDWRhTewl0o) 投稿日時:2011年 11月 25日 14:42
宮内庁・羽毛田長官、現行制度では皇族の数が少なくなるとの懸念 藤村官房長官明かす
フジテレビ系(FNN) 11月25日(金)12時2分配信
藤村官房長官は記者会見で、宮内庁の羽毛田長官が、10月5日、野田首相と面会した際、女性皇族が一般の人と結婚すると、皇族の身分を離れる現行の皇室典範制度のもとでは、今後、皇族の数が少なくなるとの懸念を伝えていたことを明らかにした。
藤村官房長官は「現行の皇室典範の制度のもとでは、女性皇族の方は、婚姻によって皇室を離れられる制度で、緊急性の高い課題があるとの認識が(羽毛田宮内庁長官から)示された」と述べた。
そのうえで藤村長官は、皇太子さま、秋篠宮さまの次の世代の皇位継承資格者が、悠仁さまお1人であることを指摘し、安定的な皇位継承を確保する意味では、将来の不安が解消されているわけではないと述べた。
また、女性皇族が結婚後も皇室に残れるよう皇室典範を改正し、「女性宮家」を創設する可能性については、具体的な制度創設や改正などを検討しているということではないと述べた。
とりあえず、の一歩です。
皇室の弥栄を願うものとして、宮内庁には「懸念」ではなく早急な「改正」を政府に求めてほしいところなのですが・・・。
もし話が進んでも、今度はこけないでほしいな~。
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【2772534】 投稿者: 次元 (ID:kpOqWxENajM) 投稿日時:2012年 11月 26日 13:11
皇室典範の見直しは必須と思われます。
悠仁様がお生まれになったから…とか、政権が交代するから…というのは、単なる問題の先延ばしに過ぎません。
皇族のお子様方もどんどんご成長されます。
先延ばしすればするほど、事態は悪くなる一方ではないのでしょうか?
事なかれ主義は日本人の悪いところだと思います。 -
【2772583】 投稿者: もし (ID:3hIAz0nfj3s) 投稿日時:2012年 11月 26日 14:03
皇室典範を見直すとしても、今の未婚女性を全て宮家として残す必要はない。
残すとしたら、皇位継承者の姉妹に限るでいいんじゃないでしょうか?
あと、旧皇族の復活を考えても良いかと思います。 -
【2778655】 投稿者: ひまわり (ID:gYaHJpTZZno) 投稿日時:2012年 12月 01日 21:43
二俣川様
>いい加減にして頂きたい。
しつこくてごめんなさい。
つまりですね、実際はどうであったのか?なのですよ。
明治憲法では天皇が主権者であったとしても、
天皇も憲法に従う制限君主であったことは事実です。
実質的には、内閣に実権が委ねられていて、国会が協賛して国政にあたったのではないですか?
国民から見た天皇とは、どのようなものだったのでしょうか?
当時の国民が、天皇という権力者によって実際に統治していたと本当に思っていたとは考えにくいことだと思います。
もちろん、建て前上、表向きには形式として憲法上の主権者として位置づけられていたと思います。
たとえば、天皇の神格化についても同じ事だと考えます。
戦中の数年間は、学校教育として天皇の神格化が教えられていましたが、
実際国民は、天皇は神だとは当然考えておらず、「神の様に大切にしなければならない方」と考えていたのではないでしょうか?
まさか本当に神だと思うわけがないですよね。
しかし、幼少期より学校教育で神格化の教えを受けていた世代は、
戦後教育とのギャップに随分悩まされたようで、この世代の方々は左的な考え方を持たれておられる方が多いように感じてしまいます。
たとえば田原氏や大江氏・・・例外なのは石原さんでしょうか?
あっ!
話しが逸れてしまいました、すみません。 -
【2778660】 投稿者: ひまわり (ID:XEI1AOT5BDE) 投稿日時:2012年 12月 01日 21:49
石原さんの名前が出たので一言。
ここ一連の石原さんの動きについては「失望」しか感じませんでした。
前回の知事選では、知事の立場から東京をよき方向に変えてくださるようにと、
私は都民ではありませんが、心から応援しておりました。
彼の国政への理解できなくもないのですが、最近の彼の支離滅裂な言動や行動は理解できません。
知事の職務を全うしないのであれば、潔く身をひかれるべきだったのではないでしょうか?
残念でなりません。
彼はかなりの発言力をおもちなので、その発言力やネームバリューを生かして、日本の為に後継者を育成する道もあったのに、と思います。
あの、日本を愛してくださる、元日本人あった元総統のように。 -
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【2778947】 投稿者: ひまわり (ID:A.bVqG3CGec) 投稿日時:2012年 12月 02日 09:20
昨日は12月1日でした。
遅ればせながら、
敬宮愛子内親王殿下、お誕生日おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。
また本日は、三笠崇仁親王宮殿下もお誕生日をお迎えになり、
11月28日には常陸宮殿下も喜寿を迎えられ、そして30日には秋篠宮文仁親王殿下がお誕生日を迎えられました。
本当に喜ばしい限りでございます。
衷心より皆様の御多幸をお祈り申し上げます。 -
【2780822】 投稿者: 二俣川 (ID:4czAuhCWF6E) 投稿日時:2012年 12月 04日 10:20
>天皇も憲法に従う制限君主であったことは事実です。
実質的には、内閣に実権が委ねられていて、国会が協賛して国政にあたったのではないですか?
疑似立憲君主制であった。
なぜなら、統治者たる天皇の地位そのものが「神勅による」ものとされていたからだ。
すなわち、明治憲法は「神権的な絶対主義の原理に立ちながら、これに近代憲法の諸原則を微妙に混在させている『憲法入門』伊藤正巳東大名誉教授(有斐閣双書)」からだ。
また、内閣に「実権が委ねられてい」たとはどういう意味か。
天皇の国務上の行為については、すべて大臣の「輔弼」によるべきもの(明治憲法55条)とされていた。したがって、「委ねられていた」とは全くの誤解である。
しかも、皇室の事務と軍に関する事務がこの大臣助言制から排除されていた。とくに軍務は天皇自ら行うものとされ、軍令機関が事実上輔弼の任に当たった。
また、内大臣や元老のように議会から全くコントロールを受けない地位にあって天皇に助言を与える機関(西園寺ら)も存した。
このように、天皇は前述の明治憲法の持つ二元的性格の上にたち、制度上も実態上もわが国の統治権の「総攬者」であった。
さらには、神権説にもとづき、すべての統治の権能の淵源は天皇にあるという考え方に沿って、
侍従武官や陸海軍大臣らに対しても太平洋戦争中における個々の軍事作戦において具体的な指示や意見を下付していたことが明らかになっている。 -
【2784900】 投稿者: ひまわり (ID:wBc16LWkODI) 投稿日時:2012年 12月 08日 07:55
二俣川様
>疑似立憲君主制であった。
それでは、
擬似統治者、擬似権力者であったのでは?と思います。
あ~・・・
スルーなさるか、鼻で笑われてしまいそうな気がします・・・ -
【2785499】 投稿者: ひまわり (ID:hpphaYisAH2) 投稿日時:2012年 12月 08日 21:18
他スレへの書き込みを転記します。
・・・なんだか梅様みたいやなあ(笑)
ふう様
自民党にはがんばってもらいたいと思っています。
与党となってこの国を動かして行くのは自民でしか出来ない事だと今でも思います。
しかし、自民党には返り咲いて与党となる覚悟が、私には見えないのです。
不安です。
ふう様のおっしゃる安倍さんの心意気や決意がみえません。
例えば、自民はいつまで公明党と連携をとり続けるのでしょうか?
理念的にも政策的にも相容れないはずの、公明党との連携を見直す気配が、
微塵もないのは、どういうことでしょうか?
やれ国防軍だ、憲法改正だと勇ましい事を自民党が言っていても、
これらの政策は、公明党と手を切らない限り不可能だと思います。
安倍さんは「出来ない事は言わない」とか言っていました。
公明党依存を無くさない限り、自民の目指す政策は無理なはずなのに、安倍さんはどのように考えているのでしょうか?
党としての覚悟を示すなら、一時は不利な立場となっても公明党とは手を切って欲しいです。
これでは、政権復帰が自民の最終目標と見えてしまいます。
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