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投稿者: ひまわり (ID:iDWRhTewl0o) 投稿日時:2011年 11月 25日 14:42
宮内庁・羽毛田長官、現行制度では皇族の数が少なくなるとの懸念 藤村官房長官明かす
フジテレビ系(FNN) 11月25日(金)12時2分配信
藤村官房長官は記者会見で、宮内庁の羽毛田長官が、10月5日、野田首相と面会した際、女性皇族が一般の人と結婚すると、皇族の身分を離れる現行の皇室典範制度のもとでは、今後、皇族の数が少なくなるとの懸念を伝えていたことを明らかにした。
藤村官房長官は「現行の皇室典範の制度のもとでは、女性皇族の方は、婚姻によって皇室を離れられる制度で、緊急性の高い課題があるとの認識が(羽毛田宮内庁長官から)示された」と述べた。
そのうえで藤村長官は、皇太子さま、秋篠宮さまの次の世代の皇位継承資格者が、悠仁さまお1人であることを指摘し、安定的な皇位継承を確保する意味では、将来の不安が解消されているわけではないと述べた。
また、女性皇族が結婚後も皇室に残れるよう皇室典範を改正し、「女性宮家」を創設する可能性については、具体的な制度創設や改正などを検討しているということではないと述べた。
とりあえず、の一歩です。
皇室の弥栄を願うものとして、宮内庁には「懸念」ではなく早急な「改正」を政府に求めてほしいところなのですが・・・。
もし話が進んでも、今度はこけないでほしいな~。
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【3075578】 投稿者: 赤い彗星 (ID:HtkogfqjK0g) 投稿日時:2013年 08月 14日 13:33
真相はどこまでも深く、検証不可能な部分があり、闇なのだ。
こうだからこっちが悪い。いや、その原因があってそっちが悪い。いや、そのまたその背後には・・・
現在で明らかになっている証拠によって決着するしかないであろう。
w -
【3075589】 投稿者: ふふ・・・ (ID:TfbeHJuF3rE) 投稿日時:2013年 08月 14日 13:42
>現在で明らかになっている証拠によって決着するしかないであろう。
決着してるんですよ。
個々人の思想は別として、日本は結局、極東国際軍事裁判の結果を受け入れたのです。
そして、戦犯それぞれに対する刑が執行されということは、罪の清算も行われたということに他ならないのです。
そこで決着しているにも関わらず、戦犯だからどうのこうのといちゃもんつけてくる人がどうかしてると言ってます。
先生のように、極東国際軍事裁判の結果を全て受け入れろと言いながらも「決着はついていない」と言い張る方がお
かしいじゃないですか。
私はそう思っているということです。
いまだに、岸信介さんは「戦犯」だとか言い張ってるし 笑 -
【3075625】 投稿者: 二俣川 (ID:ecEfsPi.YBo) 投稿日時:2013年 08月 14日 14:02
法的責任以外にも政治的あるいは歴史的責任というものがあろう。
たとえ極刑に処されても、それですべて不問となるわけではない。
それは、臭いものにふたをするだけでしかなく、真実の発見を阻害するものだ。
とりわけ、歴史学には過去との対話を行い、未来にそれを活かすとの目的がある。
それなのに、必死に幕引きを図る姿勢に違和を覚える。
むしろ、その屁理屈を声高に叫ぶ意図は一体何か。
なお付言するに、私は私の視点から岸信介を戦犯だと論じているのである。
実際に、米国のポチに堕することによって政治的延命を許されたに過ぎない輩であるのだから。
先日も、ユダヤの人権団体が高齢になったナチスの要職者を潜伏先で見つけ、当局が逮捕したとの報があった。
人道に対する罪・平和に対する罪に公訴時効は存しない。 -
【3075632】 投稿者: 二俣川 (ID:ecEfsPi.YBo) 投稿日時:2013年 08月 14日 14:08
>やはり、二俣川さんにとってはアメリカは正義の味方であり、原爆は戦争を終結させるための手段として仕方がなかった。
原爆の被害者は、原爆に殺されたのではなく日本の戦争指導者に殺されたのだからアメリカを悪く言うことは筋違い。
むしろ、アメリカ様に感謝すべきだ。
そういうお考えなのですね。
そう言えば、先生は
中国の軍事力が怖いから尖閣は中国に譲ってやれ
というお考えの方でしたね。
そんなことを一度も書いたことはない。
例によって、例の如くのでっち上げである。
人間としての誠意を疑う。
程度の差はあれ、反動はやはり反動に過ぎないという悲しい再確認をさせられた思いだ。
偽造・でっち上げを臆面もなくして恥じない輩とのこれ以上の交渉は時間の無駄である。 -
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【3075665】 投稿者: ふふ・・・ (ID:TfbeHJuF3rE) 投稿日時:2013年 08月 14日 14:27
>法的責任以外にも政治的あるいは歴史的責任というものがあろう。
ははは。
法的責任はないって、認めたのね?
偉い!
>たとえ極刑に処されても、それですべて不問となるわけではない。
ん?
これはどこの学者さんのお話?
どこの学界の通説?
政治的責任って、政治家本人が考えればよいことであり、その政治家の責任の取り方を周りが云々できるものではないんじゃないの?
その人の行いが受け入れられな場合、結果として次の選挙では当選できないのであろうから、おのずと責任は本人が取らざるを得ないものだろうし。
それに、靖国に参拝することも戦争で亡くなった軍人さんを政治利用することのように思えますが、逆に、それを批難し参拝することは悪だとアピールすることも政治的目的が垣間見えてしまいますが、先生にはそう見えないですか?
ちなみに、明日、安倍さんは参拝しないようですが、参拝しない安倍さんは先生にとって見どころがある政治家ってことですか? 笑
それから、歴史的責任ってなんですか?
戦争責任とは別物?
>私は私の視点から岸信介を戦犯だと論じているのである。
知ってますよ。
この話と現憲法が天皇制の消滅を想定しているという話については、どこの学者さんもそんなことは言ってない、先生独自の解釈によるものだってことは、承知しております 笑 -
【3076431】 投稿者: 二俣川 (ID:ecEfsPi.YBo) 投稿日時:2013年 08月 15日 08:41
意見は歓迎だ。
しかし、私が述べてもいないことを勝手に前提にされては困る。
これは、主義主張の問題ではなくマナ-や誠意の次元である。
また、私に個々の論点につき意見を求めるのなら、まず(それに関する)自らの考えを理由を添えて述べるべきであろう。
これまでは、可能な限り善意で応じてきたが、今後はこのようなものは一切お断り申し上げる。
自分の意見なきものは、まず勉強することが第一である。 -
【3076456】 投稿者: ふふ・・・ (ID:KY/VW6vqXuY) 投稿日時:2013年 08月 15日 09:05
>まず(それに関する)自らの考えを理由を添えて述べるべきであろう。
私は「私は、どんな理由があろうとも大勢の市民が犠牲になるとわかっている攻撃を仕掛けたアメリカに大義名分などあったとは思えません。」と言ってますよ。
そして、私は以前にも申し上げましたが、日本の戦争責任者および当時の政治家には、もちろん、日本を無益な戦争に導いてしまった重大な罪があると思っています。
当時は時代の空気というものがあり、列強と言われた各国が自国の力を増強するために市井の人々の犠牲を省みずに戦争を繰り広げていたという状況にあったこともあるでしょうが、日本がそこに参戦したことは過ちであったとしか言えないでしょう。
その上で、戦争の中枢にいた人々をとめることの出来なかった昭和天皇にも一定の責任があると考えています。
さはされど、だからと言ってアメリカが負けることがわかっている日本国に対し、数十万におよぶ市民を犠牲にするような東京大空襲や広島・長崎への原爆投下などを実行したことは、アメリカ側にどんな大義名分があるにせよ、それは「言い訳」に過ぎず、そのことを反省すべきだと考えています。
現在では(当時も?)、アメリカ人の中には原爆投下を愚かな行動と捉える方もいるようです。
二俣川先生は、原爆が投下され多くの市民が死に追いやられた責任は日本の戦争責任者や政治家にあるとおっしゃいました。
ですが、アメリカの責任についてはひと言も述べられていません。
それは、とりも直せば「アメリカには責任はない」と言っているのと同じだと受け取られても仕方がないと思います(少なくとも私はそう感じました)。
私の受け取り方が違っているのであれば謝りますが、そのためにも「アメリカの原爆投下」についての先生のお考えをお聞かせください。
答えられる範囲で結構ですが。 -
【3076503】 投稿者: ふふ・・・ (ID:HHl7sCyl5/k) 投稿日時:2013年 08月 15日 09:46
>法的責任以外にも政治的あるいは歴史的責任というものがあろう。
ええっと、私は岸さんのことを言ってたのではなく、極東国際軍事裁判が結審し刑が執行されたことにによって、戦犯とされた人達の法的責任はなくなったとおっしゃっているのだと思いました。
従って、靖国に参拝することは各政治家の責任において行えばいいと考えました。
(公的参拝には問題があるかも知れませんが、私的参拝であればそれは思想信条の問題だと思っています)
また、歴史的責任とは、それは安倍さん(総理大臣)に課せられたものだったのですか?
法的責任は岸さんのことだと言い、その流れで出て来た歴史的責任は安倍さんに対するものだというのを私に理解しろと?
すみません、もの分りが悪くて 苦笑
とはいえ、歴史的責任とは結局「道義的責任」と同じようなものなのですね。
一度罪を犯したら、世代が変わろうともその罪は変わらない。
種々の戦争責任は果たしていても、相手国が「責任の取り方が足りない」と言えば、「はい、わかりました」と相手の言いなりにならなければいけない。
そういうものだと先生はお考えなのですね。
先生のお話はわかりました。
ですが、私の考えは違います。
先にも述べましたが、日本国は最終的には敗戦を認め、極東国際軍事裁判で「戦犯」は裁かれ、罪は清算されたのです。
私は、そのことで決着したと考えています。
確かに、政治家が靖国を政治利用を目的として参拝することには違和感があります。
ですが、決着したはずの話をいつまでもあげつらって責任論を続けることにも政治的な意図ありと思われ、違和感を覚えます。
>もっとも、1978年にA級戦犯の合祀がされた後も、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘が首相就任中に参拝をしているが、1985年における中曽根康弘の参拝までは、なんらの抗議も懸念も表明されたようなことはなかった。
上記は、Wikiからの引用ですが、これは事実なのでしょう。
この話に「政治的意図」を感じるということです。
では。
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