アートの才能を伸ばす女子教育
中学受験に大きな影響あり!地方創世って?
内閣官房の地方創世により教育が大きく歪められていると思います。
早稲田は2年間で合格者数半分に…。
本当に地方創世って教育を歪めるほどのスピードで行わないといけないものでしょうか?
東京都は2月に反対の緊急提言を出しましたが、本日の国会でも強行していくことを明言した政府。
教育の観点から合格者数を減らすならわかるけれど、「地方創世のため」で跡付けの理由というのはおかしいと思います。
中学受験はこれから早慶附属校を中心に、附属校の人気が大幅に高まるでしょうが、将来の日本にとって大きなマイナスとなると感じます。
> 但し、学問研究の自由は、19条の思想の自由の学問における表れと解され、制約を受けることはないと思われる。
ここは解釈によりますね。第12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、・・・」で始まっていますので、第19条の思想及び良心の自由も、第21条の集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由も、第12条が前提になるかと思います。あとは第12条によって「自由」がどこまで制限されてもよいかです。専門家でも意見が分かれているようです。
とんでもない誤解である。
先に私は学問研究の自由は、19条の思想の自由の学問における表れであると指摘した。その思想良心の自由とは、人間の精神の内的自由の保障を意味する。したがって、公共の福祉を含む如何なる口実によっても、—外的に表現するに至らない内心にまで干渉することは—絶対に許されないのである。なぜなら、これを制約することは個人の人格の価値すら否認することになるからである。
以上について、研究者間の考えに争いは認められない。
>施策を進めるうえでの種々の条件を満たすのが、日本大学ということ。
ほう、なぜ。
その「施策」なるものと、憲法上の要請である大学の自治や私立学校法との関係をどのように調整するのかね。
また、もし日本大学がそれを拒否したら?
さらに、あなたのいう「国際競争力」の意味もよく分からない。
きちんとご説明頂きたい。
定義や概念をあいまいにしたままでは建設的な議論や施策は困難である。
失礼だが、我われの現場でうかつにそのような言葉を用いようものなら、
周囲から突っ込まれること確実である。あなたのゼミ教授も同様であろう。
そのようなことで、私学の自治や自主性、高等教育を危うくさせるわけにはいかないのである。
例の日大アメフト部問題。
私立学校の在り方にも影響を及ぼしそうである。
だが是は是、非は非で考えないと、集団ヒステリーの修羅場(地獄絵)となる。
それが、この国でなにをもたらせたかは不幸な歴史が証明している。
もし、関東学連から指導者のみならず、選手にまで責めを負わせるような措置ー長期に亘る対外試合禁止のようなものーを命じられたときには、ぜひ選手の部活動の権利を保全するために、司法に対して当該処分に関わる執行停止の仮処分を求めてもらいたい。
それが、自分たち本位と非難された日大当局に課せられた、学生を守るとの姿勢の表われである。本問題が、当初の学生スポーツとしての在り方から刑事上その他の法的責任追及に変質した以上、それに法的に対抗し防御する権利(と義務)が学校法人日本大学ならびにアメフト部には保障されている。不当な攻撃には、毅然として闘うべきである。それがその他多くの日大に関わる方々の名誉を守る唯一の道であろう。
(再掲)
政府は、国立大学への交付金を決める基準になる評価を成果重視主義に転換することを決めた。一連の大学改革、大学支援金に関わる基準の転換の目的は、先端分野を底上げし国の国際競争力を上げることにある。
今後は、大学出口評価だけではなく、少子化による進学者減少に適切に対応出来るように入口の評価基準も必要となる。
・一元化される共通センター試験による大学進学者成績による助成金交付の増減
・進学者減少に伴う超大規模校の総学生数減の指導による定員適正化
・同一大学で重複し乱立学部・学科の統廃合による学部学科編成適正化
・社会ニーズが低下し旧態化した学部学科から先端学科への転換
・大学理事会のコンプライアンス評価による不良、違反校の政府による是正指導
日本大学は、上記のいずれの項目にも該当する改革重点モデル校として、政府が強力にリードして大学改革を進めるべきだ。
(了)
一番の超大規模校から、将来の少子化による縮小社会に適合する大学改革を行い、そして他の大学も追随する。そういう弛まぬ備えによって、刻々と姿を変えて数十年後には様相が変わると予想される縮小社会下の大都市東京において、健全で時代に適合する大学教育を持続することが可能となるのだ。
私はこの事件の真相はよくわからない。ただ、加害者の宮川選手の話を聞く限り、「自分は監督の意図は相手のQBを壊せ」ということだと理解して、監督の意図を実現すべくあのような行動に出たということで、自身が主観的に受け止めたストリーを語っていたにすぎないようにも思う。
彼が、メディアに向かって、ああいう発言を披歴してしまった今となっては、もう自体は収拾がつかなって混迷の極致まで至るのは目に見えている。
もちろん、そんなことは意図していなかったという監督、コーチの側の主観的ストリーもあるだろう。でも、そんなことは考慮される余地はない。
人々もまた、そうに違いないという憶測を基にして、自身に都合のいい一番面白い主観的ストリーの構図を当てはめて、物語を消費していく。
こうして、大衆好みの気分爽快な「勧善懲悪」のストリーができあがる。このストリーではもちろん、権力者である監督が悪で、弱い立場にある選手は善だ。メディアもこの構図に飛びついて、大衆の感情を煽り、物語を消費していく。いわゆる、大衆社会現象だ。
安倍総理に対して、こういうストリーを煽っていた「前衛党」さんが、立場が変わると、随分、殊勝なことを言っておられる姿に、私は違和感を覚えていますが・・・・































