女子美の中高大連携授業
公文をやめさせたい。新小2です
いつも皆さんのご意見、参考にしております。
我が家の新小2の娘の学習について、皆様のご意見をお聞かせ下さい。
主人の母が公文の先生をしているため、娘は3歳の頃から公文の教材を頂いてやっておりました。教室には通っておりません。
主人は公文教の信者で、とにかく公文をやらせることに必死です。幼い頃でも泣き叫ぶまで叱ってでもやらせていました。私はそんな主人の姿に狂気さえ感じました。
私ははじめから公文には反対でしたが、なにしろ主人は公文教の信者ですので、やめることができず、現在に至っております。もちろん何度もやめる、続けるで大喧嘩しました。
小学校に入学し、学校のテストでは満点は取れませんでした。計算問題はできるのですが、文章題やひとひねりした問題はわからないのです。
これではいけない、と考えて市販のドリルをやらせて文章題もできるようになってきました。(主人は私がドリルを買ってきた時に非常に不機嫌でした。公文以外のものをやらせるなんて、です)
皆さんのご意見をお聞きし、今は「はなまる」をやらせています。算数と国語ですが、これは娘もがんばってやってくれています。
公文は算数に限っては、確かに計算の練習にはなると思います。公文を計算練習として、子供のペースに合わせて使っていけば有用かと思います。しかし、「応用力」「自ら考える力」は公文では身につきません。娘を見てそう実感しています。
公文を否定はしませんが、子供個人に合う合わないはあり、その個性を無視してまで押し付ける物ではないと思っています。
なんとか公文をやめて、はなまる、ぴぐまりおん等で学習していきたいと考えています。
公文教の信者を説得するにはいったいどうしたらいいのでしょうか?皆様のお知恵をお貸し下さい。
長文、失礼いたしました。
私も公文をやっている子で出来る子あまり知りません。唯一一人かな。
でも教材としては悪くないと思いますよ。
悪いと思う点は、
一つのプリントの時間に拘りすぎること。
どんどん進ませること。
もともと公文は、いままで85点採っていたテストを後5点、10点採るテクニックを養成するものと認識しています。
あくまで一つの手段に過ぎません。
言い換えれば、公文でなくても言い訳です。
それをどうしても公文と考えているのなら、信者と言われてもしかたないかな。
私も向き不向きはあると思いますね。
公文イコール母であるご主人の考えを変えるのは不可能だと思われます。公文の否定は母親の否定につながるからです。一度、大手塾の模試など受けられてみては如何でしょう。いかに実力がついてないか如実にわかると思いますよ。そうなんです。あなたがご主人を変えようとするのではなく、ご主人に気づかせるのです。「このままでは我が子が大変なことになる」と悟れば、こっちのものです。それまであせらず、待ちましょう。用意周到に計画を立ててみることをおすすめします。
ちょこれーとさんは教室に通わなくても、教材だけ頂けるなんて
私から見ればとても羨ましい環境ですね。
ご自分では気付いていないと思いますが、
ご主人が公文教であれば、ちょこれーとさんは反公文教ですよ。
(反「公文教」ではなく、「反公文」教です)
頑固な公文の先生がいなくて、自分で教材の進め方を決められるのであれば
効果が出ないのはちょこれーとさんの指導方法に問題があるのでは?
私は公文の先生と進め方で意見があわなくなると、その都度先生と話し合っていますよ。
簡単には聞き入れてもらえない事が多いですが・・・
小学校のテストは塾とは違い、授業を理解しいていれば満点取れるレベルですよね。
それが出来ないのであれば、公文云々以前の話ではないでしょうか。
また、みんなが出来ないくらい難しいのであれば、出来なくてもいいじゃないですか。
公文だけでは不足だというのは同感ですが、公文程度の問題が出来ないのであれば、
はなまるでもピグマリオンでも良い結果が得られるとは思えません。
公文の算数は計算能力がついていれば不要だと思いますが、見極めが難しいですよね。
また、公文の国語はとても良いと思いますが如何ですか?
公文でも学研でも、四谷でもサピでも、成功する子がいれば失敗する子もいるわけで、
公文で結果を出せなかった話ではなく、よい結果を出した話に耳を傾けて
ちょこれーとさんと何が違うのかよく検討してみては如何ですか?
みなさんも、おっしゃるとおり公文は特に子どもさんによって合う合わないが極端に出る学習法と思っています。私も公文を全否定はしませんが、合わないときはどうしようもないのです。
それは公文式が理屈(というか理論、真の理解)抜きの学習法だからです。(だから公文式が悪いとはいいません。理屈をあとで知ったとき理解が早くなる子どもさんもいるでしょうから)。好き嫌いの感情も理屈ぬきなので、理屈ぬきに合う子どもさんもいれば、理屈ぬきで合わない子どもさんもいるのです。理屈の無いもの同士がぶつかれば、まさにそればどうしようもなくなるのです。
中でも量を決めてそれにを子どもさんに押し付けるというのは、子どもさんに合っていない場合、最悪の学習法となります。まだしも量を決めないでゆっくりていねいにやればましなのでしょうが。
しかし、このような理屈をいっても、理屈抜きである「公文信者」の信念を変えることは不可能だと思います。
公文式に対する意見の相違に限らず、すべての面においてご夫婦間で気があわないことがあるとしたら、もはやこの掲示板で扱える教育問題ではなく、夫婦間の問題となるのではないでしょうか。しかも、ご主人自身の意見はわれわれは読めないわけですから、第三者としてそのような個人的な微妙な問題についてなんとも言ってみようがありません。
いずれにしろ、子供さんにとってもいい環境とはいえないと思いますので、夫婦間の問題として徹底的に話し合うしかないと思います。
二度目のレスになりますが、スレ主さんは公文式の価値という
小冊子を読まれたことありますか?
義母様はお持ちだと思います。先生なら。
わが子の通った教室の先生は尊敬できる方だったのですが、いろいろ
相談させてもらい、その小冊子をいただきました。これを読むと
ご主人のやっていることは、公文の理念とはかけ離れていることが
よく分かると思います。
うちは受験など全く念頭になく小学校入学と同時に始めましたが、
子どもに成功体験(100点の喜び)を、とか、褒めることの価値などが
書かれています。
逆にスレ主さんが色眼鏡で見ずに公文の本当の理念を知れば、子育てと
ずいぶん通じるところがあると思います。
うちの先生は、一時中断したり、プリント枚数を減らしたり、元に戻ったり
子どもに応じてその都度親身に対応してくれました。
先日テレビで、痴呆老人の学習治療に公文式が取り入れられているのをみましたが、
簡単な計算や音読は、前頭葉を活発にしてやる気を促す効果もあるような結果も
出ていました。どうせ使わなければいけないなら、(ご主人や義母の関係で)
より深く一度お知りになることも悪くはないかも、その上でお話し合いになることが
いいのではないでしょうか。
(わが家は私が公文礼賛派、夫は懐疑派だったので、論争がありましたが
向き不向きがあるし、受験に必ず必要というわけでもないという結論になりました)
ご主人はどうしてそこまで公文を信頼しているのでしょうか。
かなりの成功体験がおありなのですか?
それとも、自分や母がやってきたことを、妻と娘によって否定されたくないために必死なのでしょうか。
他の勉強法と比較せずに公文を盲信しているとしたら、それはやはり公文教ですよね。
スレ主さまが狂気まで感じるのですから、その背景には何かあるような・・・
一方、スレ主さまは、この問題に義母様がかかわっているということは大きくないですか?
ご主人だけならもしかしたら、ここまで反公文にならなかったのでは・・・
とちょっと思ってしまいました。
お互いがお嬢様のために歩み寄る姿勢がないと、板ばさみになったお嬢様がお気の毒です。
ご主人は、お嬢様がいろいろな角度から物事を見ることができるよう、(他の教材で勉強ができるよう)公文のプリントを減らす、
スレ主さまは、公文のいいところを再認識して(努力が必要かもしれませんが)採り入れて、なんとか他の教材と両立できるようにする、
と・・・
双方の歩み寄りのためには、他の方もおっしゃっていますが、塾の模試を受けて客観的なデータを取るのがいいかもしれませんね。
もし、私が上に書いたことは私の邪推で(すみません)、
スレ主さまと義母様がこの問題について普通に話せる間柄であれば、
義母様からご主人に「プリントは10枚じゃなくても、3枚でも5枚でもいいのよ」と、
言ってもらえればいいのですが。
そもそも、自分の孫がいくら泣き叫んでも、息子が公文のプリントを強要してきたことを、
義母様はご存知なのですか?指導者としてどのようにお考えなのでしょうね。
ぜひお聞きしたいところです。
皆様の様々なご意見、ありがとうございました。
繰り返しになりますが、公文には向き不向きがあり、合えばいい教材であると考えています。(どなたかが「反公文」ではないかとおっしゃっていましたが、そうではありません。娘には合っていない、またはやり方が違っているのではないかと思っているのです)。
確かに義母の圧力もあり、公文をやめることは不可能だと思います。昨夜も主人と話しました。やはり公文をやめることは絶対にできなさそうなのですが、主人が「計算をどんどんできる、ということが、ひとつの自信になり、自信をもって出来ることがあることは娘にとってプラスじゃないか」と言っていました。これには私も一理ある、と感じました。
皆様のご意見を読み、主人と話し合い、私なりに解決法(改善法でしょうか)を見出せたように思います。
公文をやめさせることはやはり不可能。ならば「使いよう」で娘にプラスになるように利用していこう。
一日のノルマを課するのは反対、という所は譲れないので、娘のペースでできる枚数で、はなまるやその他の教材と組み合わせて使っていこう。補助教材のような形で上手に利用できたら、と思います。
また、私の表現の中で、「教」「信者」といった不適切なものがありましたことをお詫びいたします。
最後に、皆様の貴重なご意見・アドバイス、ありがとうございました。




































