女子美の中高大連携授業
東大生正解率8%の問題
「斎藤さんには二人の子供がいる。
日曜日生まれの女の子はいるかと聞くと、いると言う。
では、もう一人も女の子である確率は?」
ネットで噂されていますが、いまいち理解できません。
小学生(5、6年生程度)でも理解できるようにわかりやすく、ご回答お願いします。
一番わかりやすかった方をベストアンサーにしたいと思います。
※ハンドルネーム(HN)は、できれば、卒業した大学と学部でお願いいたします。
※もし、可能であれば、お子さんの中学受験時のもち偏差値を教えてください。
(わたしは、それなりに学歴高いのに、教え方が悪いからか、子どもの成績がいまいちです。
教え方の上手さと、お子さんの成績が関連しているのかなと思い、個人情報に触れない範囲でお願いします)
某私大理学部さん
ありがとうございます。
ただ、大変申し訳ないのですが、
私は既に「もとの問題」の答えが 13/27 であることに固執してはいないのです。
今の疑問は、
何故、「もとの問題」と「問題4」で答えが異なるのか?
ということです。
東大院卒さんは、
「斎藤さんが言った」は、感覚であり客観確率
「顔を合わせた」は、事実であり主観確率
なのだから、確率が異なるのは当然とおっしゃっているように思えるのですが、
私には「斎藤さんが言った」と「顔を合わせた」で確率が異なる理屈が理解できないということです。
そして、この違いが明確に説明できないということになると、もとの問題の解が 13/27 であるという話も説得力を失うことになります。
補足していただいたことはありがたいのですが、私は東大院卒さんが、私の疑問とストレートに向き合い、「明確」で「明快」な答えを出してくださるのを待つことにしたいと思います。
恐れ入りますm(__)m
ふふ・・・さん
文系の私の理解、考えであり、自信はないですが、書かせていただきます。
客観確率・頻度確率というのはあくまで実験したら確かめられるような意味での確率で(コインの裏表、サイコロの目など)、これが私たちが中高時代に習ったものですね。しかし、実際にコインを投げて実験してみると、種々の条件で表裏が1/2になるとは限らず、突き詰めて考えれば、客観確率というのも、空気抵抗がないとか、コインの形に偏りがなければとか、一定の前提を置いて、理論的に推論するとこうなるはずだということに過ぎないわけです。それをもっと突っ込んで、確率というのはある事象がどれくらいの頻度で起きると考えるのがリーズナブルか。主観的に考えた結果に過ぎないということを積極的に認めてしまおうというのが主観確率の考え方で、それがモンティ・ホールの問題に現れた考え方であり、ベイジアンの考え方だと理解しています。勿論、実験によって確かめられるならば説得力は大きく、それを否定して主観確率が正しいという見解を維持するのは困難でしょうけれども(モンティ・ホール問題は実験でも1/3対2/3になるらしいですね)。
さて、本問ですが、私は実験で確かめた場合(実際に事例を集めても男女出生比率、曜日別誕生日比率がノイズになってしまうので、コンピュータでシミュレーションさせることになるでしょうが)、問題の条件に関わらず1/2に収斂するのではないかと思います。これが客観確率の答えだと思います。
そもそもオリジナルな問題の答えはもう一人について曜日の場合分けをするかどうかで答えが違ってきます。もう一人の誕生曜日の場合分けをし、もう一人と最初の子がどちらも日曜生まれのケースを一事象とするから14/28ではなく、13/27になるわけで、もう一人を性別だけで場合分けしたら実験するまでもなく1/2が答えになりますよね(もう一人の誕生曜日に関わらず重複問題は生じない)。
しかし、オリジナルの答えはやはり13/27だと思います。それはこのような条件の与えられ方をした場合、もう一人の誕生曜日を場合分けするのがリーズナブルということに尽きるのだと思います。これがそもそも認めにくいと思いますが、百歩譲って認めて頂くとして、派生問題はいずれのケースで、2人を同じ性質のものの一組と見て、もうひとりにも誕生曜日を問うのがリーズナブルかという事によって答えが異なるということだと思います。オリジナル問題の場合、どちらも見ていないのに対し、斎藤さんが一人の曜日を答えているので、もう一人も曜日を問うて場合分けすることがリーズナブル、2人の関係が薄い場合(血縁的、見た時系列的に)分けないのがリーズナブルということではないかと思います。
ふふさん
問題4と元の問題の違いを認識するキーワードは【3021006】で 東京大学教養学部 さんが言及された「識別可能」かどうかというところに尽きます。
元の問題では、日曜日生まれの女の子が二人いた場合、「もう一人」と「もとの一人」を識別するすべがありません。
一方、問題4では、”顔を合わせたことにより、日曜日生まれの女の子が一人いることを確認した”状況にあり、顔を合わせたこと、合わせえいない子、という明確な識別ができるのです。
顔を合わせる前に、「日曜日生まれの女の子が一人いる」との声明があって、顔を合わせた子が、「日曜日生まれの女の子」という前提条件から始まれば、もとの問題と同じ条件になります。
言葉の問題ですから、もう一度状況をよく想像してみて下さい。
東大法学部さん
いつもありがとうございます。
>しかし、オリジナルの答えはやはり13/27だと思います。
はい。
私は、先週時点でこの解答に関しては理解したつもりです。
つまり、
「それはこのような条件の与えられ方をした場合、もう一人の誕生曜日を場合分けするのがリーズナブルということに尽きるのだと思います。」
という話も受け入れたということです。
その上で、大変恐縮ですが、
問題4.斎藤さんの家に伺った際、女の子がいました。
その子は斎藤さんの娘さんで日曜生まれだそうです。
斎藤さんにはもう一人お子さんがいるとのことです。
さて、斎藤さんのもう一人のお子さんも女の子である確率は?
この問題の答えはいくつだとお考えですか?
(私は「もとの問題」と同じ13/27でないとおかしいと思うのですが、東大院卒さんは1/2だとおっしゃっています)
私は、この問題についても
「斎藤さんが一人の曜日を答えているので、もう一人も曜日を問うて場合分けすることがリーズナブル」
に相当すると考えています。
もし、この答えは1/2だということであれば、何をもってこの問題は「2人の関係が薄い場合(血縁的、見た時系列的に)」と判断し、「分けないのがリーズナブル」としたのか?
についてもお教えいただけるとありがたいです。
この二つの問題をみる限り、その違いは「日曜生まれの女の子がいる」ことを「聞いた」だけか、「見た」こともあるかだけです(ちなみに、見た時も「日曜生まれの女の子がいる」と言ったのは斎藤さん、あるいは本人でしかないはずで「聞いた」ことに違いはありません。母子手帳を見せてもらった、などとは書いていませんから。また、この女の子が姉か妹かについても言及はされていません)。
ご丁寧にお答えいただいているにも関わらず、ものわかりが悪くて本当にすみません。
>元の問題では、日曜日生まれの女の子が二人いた場合、「もう一人」と「もとの一人」を識別するすべがありません。
一方、問題4では、”顔を合わせたことにより、日曜日生まれの女の子が一人いることを確認した”状況にあり、顔を合わせたこと、合わせえいない子、という明確な識別ができるのです。
「もう一人」と「もとの一人」を識別?
「もとの一人」って誰のことですか?
この子が、斎藤さんが言った「日曜生まれの女の子」とは限らないとか言ってます?
この問題からは、斎藤さんの二人の子のうち、「日曜生まれの女の子」ではない「もう一人」の性別が問われているのですが、それにも関わらず「もとの一人」が識別できていないって、、、
「日曜生まれの女の子」ということは識別出来ていますよね?
まあ、それは百歩譲って認めてあげてもいいですが、
東大院卒さんは、表をつくる際に
もとの問題は
・左:兄または姉
・上:弟または妹
と識別しています。
ですが、
・左:(斎藤さんが「いる」と言った)日曜日生まれの女の子
・上:もう一人の子
とはしていない。
一方、問題4では、
・左:(顔を合わせた)日曜日生まれの女の子
・上:もう一人の子
と識別し、
・左:兄または姉
・上:弟または妹
とは識別していない。
これは何故なのか?と聞いているのですよ。
当然、ご理解いただいているとは思いますが、問題4において斎藤さんが「日曜生まれ」と言ったのはそこにいた子のみであり、もう一人の子については性別も生まれ曜日も言及されていません。
問題4からは、「もう一人は日曜生まれじゃない」なんて全く読みとれないのです。
そして、繰り返しますが、そこにいた子が姉であるかも妹であるかも言及されていないのです。
問題4から得られる情報で、もとの問題と異なる点は「見た」か「聞いただけ」かの違いだけなのです。
やっぱり、東大では「聞いた」だけでは識別してはいけないが、「見た」ものは識別してよいと教えているということですね?
なるほど、、、って感じです。
>一方、問題4では、”顔を合わせたことにより、日曜日生まれの女の子が一人いることを確認した”状況にあり、顔を合わせたこと、合わせえいない子、という明確な識別ができるのです。
ちなみに、もとの問題は「聞いた」だけだから”日曜日生まれの女の子が一人いることを確認”できたことにはならないとおっしゃるのであれば、
そもそも「少なくとも日曜生まれの女の子がひとりいる」という前提自体が間違っていることになりますよ。
もしかして、問題4では、
”顔を合わせたことにより、日曜日生まれの女の子が一人「しかいないこと」を確認した”
状況という風に勘違いされていませんか?
勘違いであれば、勘違いと言っていただいて結構です。
その上で、問題4の答えも13/27だと言っていただければ、私は納得します。
私が問題4はトリッキー、とコメントしたのは、文意が、(やはり批判されている)元の問題よりも、題意が曖昧だからです。それでも、私が解答しているように文意がとれるので、1/2と答えています。
「問題4において斎藤さんが「日曜生まれ」と言ったのはそこにいた子のみであり、もう一人の子については性別も生まれ曜日も言及されていません。」
この文意になれば、更に明確に1/2になります。性別とか年齢が指定されていなくても、「そこにいた子」「そこにいなかった子」で識別され、「そこにいた子」の年齢、性別が明確になっただけで、「そこにいなかった子」については完全に独立な事象になるからです。
もとの問題は、「そこにいた子」または「そこにいなかった子」の何れかが日曜生まれの女の子、という題意でしたね。




































