在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
ガリレイの相対性原理は間違っていた。
ガリレイの相対性原理が間違っていたことが証明されました。
ガリレイの相対性原理を説明するのに、よく以下のような文章で等速直線
運動をしている場合は、自分が動いているかどうかは窓を閉め切って
いれば分からないことを説明します。
さて、窓は全部閉め切っておいて、離陸したことは気絶していて知ら
なかった事にします。すると、飛んでいるのか、地上にいるのか、区
別が付きますでしょうか? つかないはずです。
http://b.high.hokudai.ac.jp/~konno/soutairon/r22/index.html
しかし、速度の相対性を説明するために以下のような文章も良く見かけます。
さて、列車の窓を開けて外を見てもいいだろう。本当は自分の乗って
いる列車の方が完全に止まっていて、空気や地面や建物が一斉にこち
らに向かって移動して来ているのかも知れないではないか。
http://homepage2.nifty.com/eman/analytic/apparent_force.html
結局、ガリレイの相対性原理の正しさを説明するためには、完全に相反
する説明をしなくてはならないのです。人類60億人もいながらこの矛盾
に誰一人気づかなかったのである。ガリレイの相対性原理は完全に矛盾
した原理である。ガリレイの相対性原理に詳しい人なら理解できますよね。
http://hwbb.gyao.ne.jp/cym10262-pg/fenomina.html
だめだコイツ早くなんとかしないとwwwwwwwww
証明できたのはあなたの愚かさだけですwwwwwwwwww
ガリレイの相対性原理は運動とは相対的なものだ(要するに電車と駅どちらを基準として考えてもどちらも正しい)ということを言っています。
電車から見れば駅が等速直線運動をしている。駅から見れば電車が等速直線運動をしている。どちらも正しいのです。
ただし電車(もしくは駅がw)が加速度運動をしていた場合必ず力が掛かっています。ですが動いていない(すなわち加速度運動をしていない)方には力は一切掛かっていません。つまり電車が加速しているときに電車から駅を見て駅が加速していると考えることはできないのです。観測者が替わっても電車が加速していることは自明です。
上記より、観測者によって運動が違って見えることが判ると思います。
ガリレイの相対性原理が間違っていると言う事は運動とは絶対的なものでどんな観測者からも同じ運動に見えるということになってしまいます。
運動が絶対的なら、同じ速度vで等速直線運動をしている2台の電車が並走していたとしたときに、片方の電車からもう片方の電車を見ると自分からvの速度で動いて見えるはずです。ですがそんな事は実際には起こりませんね。つまり運動とは相対的なものなのです。
余談ですが光の運動だけは絶対的なものだと観測結果から判っています。ですがガリレイの相対性原理が間違っているという証拠ではありません。ただ光だけが従わないだけです。
そこでアインシュタインはそれまでに判っていた物理法則などを辻褄(彼にとっての都合が良い様にという意味ではない)が合うように解釈して何故光が絶対的な運動をするのかを解明しようとしました。その結果出来た(”しまった”の方が正しいかもしれない)のが特殊相対性理論です。
※注意
ガリレイの相対性原理は完璧ではないだけかもしれないというだけで間違っているわけではありません。
慣性系と非慣性系の区別もつかないような人と相対性原理の話をしても不毛ですから、もう何も言いません。
ここを読んでいる皆様へ
人の言葉に耳を傾ける姿勢を持たず、自分の言いたいことだけを垂れ流す輩には、十分注意しましょうね。
>> 等速直線運動には力があるのです。
>は?何のこと?物理勉強した事ある?
等速直線運動には力がないんですか。そうですか。
じゃあ、等速直線運動でやってきた電車のレールに寝なさい。
力がないんだからなんともないでしょ。WWW
>ガリレイの相対性原理が間違っていると言う事は運動とは絶対的
>なものでどんな観測者からも同じ運動に見えるということになっ
>てしまいます。
運動とは絶対的です。ただし、絶対的でも相対的に見えることは
あります。これを見かけ(遠くから見れば美人なのに、
近くで見ればブスだったという話しは良くあります。これを
人は見かけだおしと言います)の運動と言います。
>運動が絶対的なら、同じ速度vで等速直線運動をしている2台の
>電車が並走していたとしたときに、片方の電車からもう片方の電
>車を見ると自分からvの速度で動いて見えるはずです。ですがそ
>んな事は実際には起こりませんね。つまり運動とは相対的なもの
>なのです。
勘違いが甚だしいですね。絶対的でも相対的に見えるということを
勘違いしているだけです。お互いに同じ速度で動いているのですから
こちらから相手を見れば相手の電車は止まって見えます。相手から
こちらを見てもやっぱり止まって見えます。これを相対的速度(見かけ
の速度)と言います。
しかし、絶対的にはどうですか。どちらもvの速度で動いています。
地上から見れば動いている。これが絶対的だということです。
地上を静止基準にすれば絶対的に動いている。常に静止基準は地上に
しなければならない。電車は基準にはできないということです。つまり
運動とは絶対的なものなのです。
>余談ですが光の運動だけは絶対的なものだと観測結果から判って
>います。ですがガリレイの相対性原理が間違っているという証拠
>ではありません。ただ光だけが従わないだけです。
光の運動がガリレイの相対性原理に従わないのが、ガリレイの相対性
原理が間違っているという証拠なのです。正しい理論なら、
従わなければなりません。しかも、従わないのは光だけでは
ありません。水、音その他あらゆるものの波動は従いません。
>そこでアインシュタインはそれまでに判っていた物理法則などを
>辻褄(彼にとっての都合が良い様にという意味ではない)が合う
>ように解釈して何故光が絶対的な運動をするのかを解明しようと
>しました。その結果出来た(”しまった”の方が正しいかもしれ
>ない)のが特殊相対性理論です。
アインシュタインにとって都合が良い様に辻褄を合わせたのです。
そして空間を縮ませ、時間を遅らせて、強引に辻褄を合わせて
できてしまったのが特殊相対性理論です。
>※注意
>ガリレイの相対性原理は完璧ではないだけかもしれないというだけ
>で間違っているわけではありません。
ガリレイの相対性原理は完璧ではないというより、全て間違っている
のです。本当の理論には一点の綻びも存在しません。完璧ではないだけ
かもしれないという記述自体が間違っているということを示唆しています。
最終最強最大の全宇宙大統一理論、それが支配の法則(支配原理)です。
http://hwbb.gyao.ne.jp/cym10262-pg/fenomina.html
慣性の法則とは、「動いている物はいつまでも動き、
静止している物はいつまでも静止する」である。
しかし、電磁波は静止することは出来ないので、慣性の法則
に従わない。ガリレイの相対性原理も同じものなので
ガリレイの相対性原理にも従わない。極論すると、
慣性の法則やガリレイの相対性原理では速度の合算ができる。
しかし、それは質量のある物質に限定される。電磁波などの
波には適用できないのである。具体的に言えば、
時速300キロで走る新幹線の中で、進行方向に時速300キロで
ボールを射出すれば、そのボールの速度は駅から見れば
時速600キロになる。これが速度の合成が出来るという
ことである。しかし、秒速300キロで走る新幹線の中で、進行
方向に秒速30万キロで電磁波を射出しても、駅から見て、
秒速30万300キロとはならない。駅から見ても秒速30万キロで
ある。つまり電磁波などの波に限っては速度の合成は出来ない。
何故なら電磁波などのあらゆる波は波源の速度に左右されない
からである。波は波源の速度に左右されないという理屈は
現代物理学も認めているので議論の対象にはならない。
実はガリレイの相対性原理ができた頃には「波は波源の速度に左右
されないと」いう理屈は分かっていなかった。ゆえにガリレイは
あらゆる慣性系において物理の法則は同じであるとしたのだが、
波は波源の速度に左右されないという理屈が明らかになってからは、
あらゆる慣性系において力学の法則は同じであると変更されたので
ある。
冷静になって考えてほしいのだが、光時計を駅から見れば
光の軌跡は斜めに見えるとなっているが、じつはこれは光源の
動きに左右されているからこそ斜めに見えるのである。左右されな
ければ斜めには見えない。このサイトの一番下にあるアニメの軌跡に
なるのである。光は直線を走り、当然直線にしか見えない。
http://hwbb.gyao.ne.jp/cym10262-pg/link20.html




































