アートの才能を伸ばす女子教育
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人は集まりましょう。パート6
しろくまさま
パート5が容量オーバー気味の様子ですので、新スレを立てさせて頂きます。
出しゃばり、どうかお許しください。
いつもお忙しい中、親身で適切なアドバイスを下さるしろくまさまに
心から感謝申し上げますと共に、今後とも
中学受験に悩む保護者達に御助力下さいますよう
よろしくお願い申し上げます。
相談者の方々に
このスレでの御相談に対するしろくまさまのアドバイスは
外部ブログに掲載されます。
不都合をお感じの方は、その旨明記くださいますよう。
イヌイットさま 外の人さま
とても控え目でいらっしゃいますが、しろくまスレをこっそり支える
善意の協力者でいらっしゃると思っております。
いつもありがとうございます。
迷惑さま
はじめまして。スレ主です。
今は一年の中でエデュが最も独特な雰囲気に包まれる季節で、
互いに顔の見えない中でのやりとりがなされる場所でもあり、
些細な発端でさざ波が立ちやすいですよね・・・。
お気持ちは、しろくまさまはじめ皆さまに充分伝わっていると思いますよ、
大丈夫。
どうぞもう、お心安らかになさって下さいね。
しろくまさま
大変御無沙汰いたしております。
いつも変わらず、悩める母たちに寄り添い、励まし、導いて下さり、
本当にありがとうございます。
お熱のその後はいかがでしょうか?
どうぞご無理のないよう、御自愛なさって下さいませ。
しろくま様のスレにも、ご迷惑をおかけ致しました事 大変深くお詫び致します。
割り込み様や補足様にも イヤな思いをさせてしまいました、お答え頂いたのにこんな形になってしまいまして 申し訳ございません。
しろくま様へ
以前 こちらのスレで しろくま様にご相談させていただきました。
スレの通り 最難関校コースから外れ、最終 大阪桐蔭への受験で合格致しました。
しろくま様の以前頂いた言葉、子供の「可能性」にかける、見守る「覚悟」も必要との
事。この言葉があったから この受験を乗り切り、他の付属校も合格致しました。
本当にありがとうございました。
また何か あればご相談させて頂きたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
皆様 ご迷惑おかけ致しました。
頭痛さま
きっと皆さま、わかってくださっていることと思いますよ。
いろいろある時期ですものね。
受験終了されたとの由、本当にお疲れさまでした。
お子さまとお母さまの四月以降が明るいものでありますよう、
心よりお祈り申し上げます。
受験勉強で培ったものが子供の血肉にきっとなっていると、
私もまた、信じたい母のひとりです。
しろくまさま
ご無沙汰しております。
夏に、国語が出来なさすぎて、個別か家庭教師か親が教えるか、
と相談しました「どうにかしたい」です。
第一志望校に合格しました!
しかも14・15日と同じ学校を受験したのですが、
両日とも志望したクラスより上のクラスでの合格でした。
合格最低点に達するには、ある程度国語も出来ていないと無理な点数ですので、
国語もしっかり出来た、という事実に本当に感無量でした。
夏から、空いている時間は全て国語に(半泣きになりながら)費やしてきました。
ですから受験後は2人とも、「やれるだけの事はやった」という満足感がありました。
「合格した学校が適正校…」本当にそうですね。
合格していてもしていなくても全く悔いはない気持ちになっていました。
私も国語を教えながら、「本当にこれでいいのだろうか」という気持ちがたえずありました。
今はちょっぴり自分自身も褒めてあげたい気分です。
本当にしろくまさまのおかげです。
国語の具体的な指導はもちろん、精神的に随分楽にしていただきました。
本当にありがとうございました。
きっと他の合格された皆様のローストビーフでお腹一杯になっていらっしゃるでしょうけど、
私からも贈らせてくださいね。
来週からはまた寒くなるようです。また体調を悪くなさらないようご自愛下さいませ。
初めまして。昨年しろくまさまに大変お世話になった中1の保護者です。
第一志望にご縁がなく、第二志望に進学したのですが、思うところがあり高校受験することにしました。
中高一貫校からの受験は大変なので、中2から公立に転校することになりました。
もちろんいろんな葛藤や親子喧嘩があり、思ってもみなかった展開なのですが、もう一度チャンスが
できた、と思って頑張るつもりです(高校受験なので、今度は子供にほとんどおまかせですね)
また塾通いの毎日になるのですが、驚いたことに同じような境遇の方が結構いらっしゃいます。
早一年がすぎて、高受まであと2年!しかありません。
見事志望校に合格された皆様は本当におめでとうございます。
でも、残念な結果の方々も、中受で人生決まるわけではありませんよ(我が家は実際に入学してみてわかりました)
運を使わなかったと思って、進学される学校でぜひとも頑張ってください。
「わさび」さま
しろくまの教え子で、灘に合格し、その後、一浪して東大の理Ⅲに合格した子がいます。彼が、浪人することを決めたとき、塾にふらっとやってきて、「やぁ、ひさしぶり、どうしているの」などと色々話をしたことがありました。中学受験をふりかえって「あのときは…」と、よくある「元教え子との対話」が始まったのですが…
中学受験の勉強しなかったら、詩なんか一生読んでいなかったと思います
と、何気なく言った言葉が、いまでもよくおぼえています。
入試問題を通じて、という、はなはだ特殊な「詩との出会い」ですが、何か彼の心をとらえるところがあったようです。(後に、中原中也に彼はハマったそうです。)
前から言うように、中学入試、というのは、もともと子どもに無理なことをさせているのだ、という前提に立ってやってほしいと思います。
国語がイヤだな、と、思っている小4や小5の子どもたち(これとて早期に取り組ませることによるデメリットの1つなのですが)にとって、「詩の問題」はおっしゃるように「壁」が出てきます。
詩の表現の置換 象徴 具体化 表現にみられる心情
とりあえずは、あえておもしろみも何もない、でも、「考えなくてもすむ」技術的な基礎だけは確認しておいて、「詩」から距離をおいてやって「次」にむけての仕込みに入られてもよいと思うんです。
しろくまの後輩の、演説のうまい社会の講師が、文化史か何かの講義で中3の社会の講義の中で、どうしてそんな話をしていたのか忘れましたが
人も芸術は第二印象が大切だ
という話をしていました。え? 何それ? と、思ったのですが、
最初、いいな、と思っていても、あらら、な~んだ、となる場合がある。
第一印象が大切だ、なんていうけど、第二印象がよいほうが人は信頼できる。
芸術は、子どもや若いときに接しても、なんじゃこりゃ、となる。
でも、大人になってから、もう一度それをみたりきいたりしたら、お、こんなよかったのか、となる。
だから一回目は「しょーもない」となれば芸術との出会いとしては実は成功なのだ。
みたいな話でした。(たぶん、室町文化で能の話で、塾生が学校で鑑賞したけどつまらなかった、みたいな話になったときだったような気がします)
まぁ彼の「高尚な」理論をパクらせてもらうと
受験の詩は第二の出会いが大切だ
とも思います。一度やって「壁」にあたる… 無理に突破させず、「回避」して「間」をおく、ということですね。
目前の「韻文」の模試でも、まずは「壁にあたらせて」その子の「壁」を浮き彫りにしてみてください。
お手数ですが、週末のそのテストの「韻文」の問いで、どのような問題でつきあたったか、ちょっとまた伝えてくださいな。そこから「次」への処方箋をしろくまといっしょに作って参りましょうか。
低学年あたりから、遊びを通じて言葉の感覚を磨いておくと、「詩」の対策は可能です。こんなリクツをいうと多くの人から誹りをうけそうですが、小6以前の「受験の韻文訓練」は
「なぞなぞ」と「連想ゲーム」
です。詩の内容に関する問いは、ある意味、「なぞなぞ」と「連想ゲーム」みたいなものです。
「紙風船」はどうして願い事と同じなのでしょう?
はぁ?? なんじゃそりゃ?
ですよね。
昔の教育大学の附属小学校の授業で、テレパシーゲームがありました。「自分の頭の中に浮かんだ『色』を、その『色』の言葉を使わず相手に3文字で伝える」というゲームもその1つ。あらかじめ、その色を代表するモノを3つ考えてから、連続してそのうちの2つを提供します。言われたほうは、色を答えて、その色のモノを言い返す、というもの。」
Aさん 「菜の花 バナナ!」
Bくん 「黄色! で、カナリア!」
Aさん 「わたしもカナリアだった」
みたいな「遊び」です。
「ヒントでモノを伝える」というゲームも同じです。
火にかける 茶をわかす 金属でできている → やかん
みたいな「遊び」…
これらみ~んな、詩の問題を解くときの訓練になるんですよね。前に「どういう遊びを子どものときにしてきたか、というのは国語と深い関連がある」という話をしましたがその一部の話です。
こういう「遊び」、子どもの世界からなくなってきているような気がしないわけでもありません。お父さんやお母さんが子どものころ、遠足で歩いているときや、宿泊訓練で友達と寝ているときに、やることなくて、「しりとり」やら「なぞなぞ」なんかしながら歩いたりしませんでしたか? ああいう「遊び」は、けっこう国語の得点力の「下支え」になっているんです。
さて、技術的な詩の基礎設問、て、何? ですが、実際の入試を概観すると、ほぼサイドメニューとして
(1)表現技法
(2)「連」分け
前者は「考えなくてすむ」問題で、後者は「考えてとく」問題。この2つは、必ず、とはいいませんが、よく出てくる問いです。
体言止め 倒置法 反復法 擬人法 比喩 擬音語
体言止めとは… 倒置法とは…
ではなく、これをみてごらん、これが体言止めだよ、~をみてごらん、これが倒置法だよ、
というように、実際の詩の一部を指し示して、かならず「具体例→説明→抽象」というように説明してやってください。
「連分け」は、「天地人」分類です。「時」「場」「人」での分類。詩の問題からこれらの設問だけ選んで、ずっと流していく、というだけに「今は」とどめて「先送り」にしておいてもよいかもしれません。
ちなみに、さきほどの「紙風船」のなぞなぞですが… 黒田三郎の詩に「紙風船」というのがあります。
落ちて来たら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように
紙風船にも、あたりまえですが質量があります。打ち上げても、打ち上げても落ちてくる… 願い事だって同じだ、というわけです。「~のように」は直喩。これはすなわちイコールのサイン。
夢や希望は大きいほど重いから落ちてくるんです。
「打ち上げよう」「何度でも」
一度たげではなく、実現のための努力を何度でもしないと落ちてくるよ、紙風船といっしょだよ、というようにしているんですよね。しかもわざと「逆」にしている。
美しい願い事を何度でも打ち上げよう
紙風船のように
ではなく
紙風船を打ち上げよう
美しい願い事のように
と、しているんです。ハトは平和の象徴だ、というように、具体で抽象を示す象徴です。
7行目と8行目を隠して、紙風船「で」何が言いたいのか? というところを想像させる、というのもおもしいろです。
詩の「考える」問題は、
AでBを表す A:具体 B:抽象
Bを考える、という「なぞなぞ」「連想ゲーム」なんですよね。
何か追加質問があればどうぞ。
「志望校別特訓は必要でしょうか」さま
ここはたいへん重要なポイントですよ。
「合格実績がない」
「志望校別特訓でもその学校の設定がない」
「『同レベル』の学校の特訓クラスに入ってもらう」
「その中学の過去問『にも』取り組む」
この4行をじっとごらんくださいな。
前にも申しましたように、入試問題は
どこの中学にも通用する7割 + その学校に特徴的な3割
で、構成されています。
時間軸的に言えば、小5までで「どこの中学にでも通用する7割」に取り組み、小6で「その学校に特徴的な3割」に取り組む、という流れになります。
構造的に言えば、通常の講義で「どこの中学にでも通用する7割」を学び、志望校別特訓で「その学校に特徴的な3割」に取り組む、という流れになります。
そこで塾の先生のおっしゃる「同じレベル」というのは何を示しているのか、ということですが…
たいていは
A校の偏差値55
B校の偏差値55
「同じレベル」の学校の特訓をします、という場合が多いのです。偏差値は、出題内容を直接的には反映していません。
塾の志望校別特訓で、「1コース1校」型ではないもの、つまり「1コース複数校」型のものは
「同じ併願パターン」と「同じ偏差値」のいずれか、あるいはその複合
で構成されています。断言してもよいですが、「よく似た問題内容・形式」でコース設定はしておられませんよ。だってそんなコース作ることができないからです。
受験生とその家族には色々な「考え」がおありです。「落ちてもいいからこの学校を受けたい!」という方はけっこうおられるんです。だめなら、高校受験をする、それでもだめなら大学入試でがんばるのだ、という「思想」も、何もせめられるものではありません。
でも、塾によっては「落ちてもいいから受ける」というのが「困る」ところもあります。志望校の特訓を「偏差値」で線引きをして、「資格」が設けられている、というのはこのパターンでしょう。
「他の志望校にしてください」という塾からのメッセージです。
しろくまは、偏差値が届かなくても、その志望校を受けたいならば、ふだんの講義で7割の部分をしっかり涵養させ、まずはそっちのクラスを上げて、志望校の「形質」を習熟する「場」として「無資格で」志望校別の特訓に参加させてやればよいじゃんか、と、ついつい思ってしまいます。(というか、そういう時代の講師だから、考え方は古いのでしょうが)
その中学校の過去問にも取り組む
という話を「疑え」とは申しません。でも、ここは子どもの志望校の合否にも関わる重大なポイントです。
それならば、どの程度の量、どの程度の内容でそれを取り上げてくれるのか、ちゃんと「調べて」みないと、始まって参加してから「え、たしかに出ているけど… これだけ?」となったら手遅れです。
お母さんのフットワークの効かせどころです。
また、「志望校別」特訓であっても、志望校「対策」のあり方は違います。
過去問はもう二度と出ない問題だから、類題をしていきます
過去問の演習をどんどんしていきます
という2通り、あるいはその複合、というケースがあります。
前者だと「だから過去問は自分でやってね」という言葉が言外にもこめられているから要注意です。さらに後者の場合でもテキストなどを概観すると
テーマに分けられて、過去問からそのテーマ、単元別に集められている「演習」である場合がほとんどです。
○○中学の図形、××中学の速さ、△△中学のつるかめ算、みたいな分類です。
実際の過去問を同じ時間制限で「通し」の学習をする、ということも、塾ではほとんどしません。
志望校別特訓の設定がある大手塾であっても、こういう対応の有無、どういう対策をするかしないか、は、「あらかじめ」しっかり調べて選択しないと、
合格実績数が「対策」の賜物なのか、「その塾からの受験者数」の賜物なのか
まったくわからない場合も多いのです。
あたりまえですが、塾の実績数は他人の実績であって、わが子の実績ではありません。
ご家庭の志望校受験に対するスタイルがどうなのか
塾の志望校別の対策がどのようなものなのか
を、しっかりつきあわせて塾をチョイスしないと、大きな後悔を受験直前でしてしまうことになります。
たとえば、どこでもよいので、子どもが合格できる学校でよいのだ、と、なれば「資格制限」がある志望校別特訓や、併願パターンでとりまとめをしてくれているコースのほうがたいへんよいですよね。
たいへん怖い話なのですが
「志望校別特訓」と「志望校別対策」は一致しているとは限らない
ということなんです。こちらがのぞんでいる一致している部分は塾に任せて、一致していない部分はこちらでしっかりやっていく、ということが大切なんですよ。
「転塾」ということによって「受動的受験」から「能動的受験」への転換ができる
ならば、転塾は成功です。
こっちの塾が「してくれるから」こっちの塾にする
だと、失敗ですよ。
何か追加質問があればどうぞ。































