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【5739233】関西女子 中学ヒエラルキー

投稿者: 2番手卒   (ID:xNIkdj9zhzY) 投稿日時:2020年 02月 08日 09:43

難易度、将来性、評判から。
御三家とかにこだわってる時代でもないと思いますし現実的なグルーピングをしたいと思います。格調と伝統も別に加味する必要ないかと思います。
最難関のRNは異論ナシとして2番手が難しい。

RN 洛南 西大和
5S 神戸女学院 四天王寺 須磨 神大附属 清風南海

あと入れるとしたら高槻と洛北くらい?

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  1. 【5886235】 投稿者: 残念  (ID:TOLTiiJd4tE) 投稿日時:2020年 05月 22日 10:59

    医師法知らないエア医師さん達は、医師名乗ったら駄目ですよ。

    そういうお子さんは(ID:GoaQ8q6wVHs) さんは、最初のご自身の主張を再読したらいかが?
    >いろんな意味で医学部には向いてないように思いますね。
    灘の天才くん達に向けてそう言い放った理由が
    >いろんな本を読むことは有意義で、あとは実践経験だと思っています。
    ではね。
    よく小説を読んで実務経験があるあなたの表現がこの程度で、それが医師に向いている証明だとの主張が本当に残念。
    結局、ドロップアウトして高収入を得た人間がうらやましいというだけだなんてね。
    別に医師は唯一の草鞋で生きていかなければならないことはないのよ。
    うちの子達のことを書いたのは自慢ではなく、凡人でも二足でも三足でも履く子はいるということだけ。
    亡夫の背中を追って医学の道を進みながら、専業主婦から起業して複数人の子どもを地方から首都圏私大医へ進む経済的援助を続けた私を、早く経済的自立により楽にしてやりたいと考えて二足の草鞋を履くことを選択して実現しているだけのこと。
    私に取っては自慢ではなく親として不甲斐ないと思う自虐ネタよ、大事な子ども達に経済的不安を感じさせたからの彼等の行動だから。
    自身で努力せずに、知りもしない天才くん達を批判して、他人の高収入を羨むだけの大人は本当に残念。

  2. 【5886409】 投稿者: 横から  (ID:9mPL6tcYAe6) 投稿日時:2020年 05月 22日 13:39

    ・カルテは医師しか打ち入れちゃ駄目なのは当たり前。

    医師法では、医師等は診療録を書く義務はありますが、診療録は医師のみしか書いてはならない、という法律は見当たりません。
    「カルテは医師しか書いてはいけない」という記載はどこにあるんでしょうか?

    ・病状説明や治療方針を患者さんに伝えるのは看護師で充分だから。

    医師は患者に対し説明義務があるので、看護師ばかりが説明していると、トラブルがあった場合にはこちらの方がまずくはないのでしょうか?

  3. 【5886414】 投稿者: 気になるので  (ID:xA0jZxYLS0A) 投稿日時:2020年 05月 22日 13:42

    もう収まりつつあるようなのに蒸し返しのようなことになって恐縮ですが、誤解しておられる方がおられるようなので書かせて下さい。

    コミュニケーションスキルに関わる仕事をしている者です。医療職の資格はありませんが夫が医療職です。私自身は医療職の方やコミュニケーションスキルが脆弱なお子さんたちに、コミュニケーションスキル獲得のお手伝いもしています。

    まずコミュニケーションスキルというのは、「意味理解」の能力のことです。これは言葉に限定されるものではなく、目の前で繰り広げられている状況を察する能力のことです。字義通りに正確に内容を理解する能力というのとはまた別のことです。

    例えば居間のテーブルにバナナ1本があるとします。このバナナから発せられる意味は、状況によって異なってきます。
    置かれた時間が朝なのか夕方なのか、この家の家族構成、子どもはいるのかいないのか、どういう仕事をしている人がいるのか。
    お子さんより朝早く家を出ていく親御さんが、いつもギリギリまで寝ていて朝食抜きになりがちなお子さんに「これくらいは食べていきなさい」という意味で置かれたバナナかもしれないし、独り暮らしの高齢者がうっかり水屋にしまい忘れたバナナかもしれません。
    こういう意味を察する能力がコミュニケーションスキルです。
    言葉はそれを補完するものであって、言葉が全てというわけではないんです。むしろその言葉が選ばれ、口から発せられた背景を理解する力の方が、人と接するときには大事だったりします。

    教科としての「国語」の成績が良い、というのはコミュニケーションスキル=意味理解の力があるというよりは、字義通りに正確に言葉を解釈する力があるということで、どちらかと言えばこれは解析力の類です。教科としての国語は答が一つしかないように作られているのでこういった解析力で事足りるわけですが、現実に人が人と関わる場面では、前述したように相手の立場によって答は幾通りも出てきますし、そもそも字義として正確に解析できるような言葉を発して下さる方ばかりではありません。そこで受け手側に言語化されていないメッセージを読み取る力が必要となってくるわけです。

    「そういうお子さんは」さんは、こういったことを仰りたかったのだと思います。

    このような不特定多数が参加する掲示板では、コミュニケーションツールとしての言葉が全てになってしまうのは致し方ありませんが、それでも議論の流れや投稿者の文脈から読み取れる言外の意味は多数存在しています。

    字義だけを捉えて、それが全てであるかのように揶揄したり非難するのはあまり気持ちのいいものではありません。

  4. 【5886614】 投稿者: 残念  (ID:ojg7cNKn1HQ) 投稿日時:2020年 05月 22日 16:01

    医師は診断してそれを記録する。
    それが原理原則です。
    その当たり前を無視して特記事項を揚げ足取りに使って他人を陥れるなんて残念だわ。
    どうぞ医師と井戸端会議でもして看護師さんにでも診断して貰えばいい。
    精神疾患のある患者さんを専門医に繋げもせず、コロナ禍のようなパンデミックが起こったら待合いが閑古鳥鳴くような、必要のない医療を提供して点数と薬価で身を立て、井戸端会議で信頼を得るのが医師の仕事だと主張しているそういうお子さんはさんのような医師を選ぶのは、個人の自由ですから。

  5. 【5886757】 投稿者: やさしさと修正点  (ID:eXGSXiyhuhk) 投稿日時:2020年 05月 22日 17:48

    >「そういうお子さんは」さんは、こういったことを仰りたかったのだと思います。

    この方はたくさん投稿されてる方です。其のうえで、他スレでも主張に矛盾(文脈でちぐはぐ)が散見されます。この事案だけじゃなく、そのあたりの含みもある指摘だと思います。基本的なことはみなわかっているはずです。


    東大理系の天才君たちの流れから
    「いろんな意味で医学部には向いてないように思いますね」
    と語った際にすぐ質問が出て、理由は、「国語が必要で数学はいらない」という話でした。いまはコミュニケーションへ移行し、「本を読むのが有効、医学部生はこれから訓練」と言っています。では「そのコミュニケーション能力」をどこで測り、そう意見したのか(医師の立場で)ということになりませんか。

    重要なことは、この案件は、言われた側の受験生・合格者がいるわけです。毎年、普通に存在する最難関受験生・合格者についてです。自分は医師だとも言ってるので、それを聞いた周りはどう感じるでしょう。

    そうなると次は、「医師にふさわしいコミュニケーション能力が測れない入試」に疑義が出そうですが、それはメタな議論(本論ずれ)で、発言の根拠にはなっていない。そもそもですが、天才君たちを医学部に向いていないと言える人柄を肯定できるのは、「発言の根拠」にしかなかったと思います。

    ここまでの流れで個人的な見解は、この先生(あえてそう言いますが)は、自分の学歴以上の世界で頑張っている、毎年毎年の医学部受験生数百名の現状を、実はご存じない(知り合い理3何人かおられるとのこと)、且つ能力を把握しないまま進学先など語り、「医師の私の主張を理解できないのは、医学部受験を知らないもしくは関わったことのない親で医療関係者でもないだろう」と他者を認定してると考えています。そうであるなら、この認識を修正したほうがいいと思います。

    根拠は、偏差値を支持していないと一方でいいつつ、東大京大の話で偏差値を持ち出すのは、説明時、実数に頼らざるを得ないからだと思います。他の親御さんたちが具体的に言わないのは、その状況下の空気感をよく知っているからでしょう。その空気感をご存じないこの先生は、いわない保護者に「医学部受験を知らない」等なんども言ってきてしまってるのではないでしょうか。


    >目の前で繰り広げられている状況を察する能力のことです。字義通りに正確に内容を理解する能力というのとはまた別のことです
    >教科としての「国語」の成績が良い、というのはコミュニケーションスキル=意味理解の力があるというよりは、字義通りに正確に言葉を解釈する力があるということで、どちらかと言えばこれは解析力の類です。教科としての国語は答が一つしかないように作られているのでこういった解析力で事足りるわけですが、現実に人が人と関わる場面では、前述したように相手の立場によって答は幾通りも出てきますし、そもそも字義として正確に解析できるような言葉を発して下さる方ばかりではありません

    ここでは、(国語国語と主張している人に対し)「天才君たちは入試国語は思うほど重要に考えてない部分がある」(もちろん蔑ろにしているわけじゃなく受験生なら周知の諸々)との投稿に、「そういうお子さんは」さんが、「医師には数学不要で国語が必要」と返していました。

    あなたのやさしさを理解していますが、全部肯定出来ずすみません。難問数学等に挑戦している受験生・関係者など、情報を見て誤解される方がいたらあれなので、部分修正してると捉えてください。

    最後に、冒頭の核論について、この先生はこうも仰っているのですが、
    (天才君たちは)>>自分の一番得意な方向ではない道を進んでいるように感じたので書いた個人的な感想で、別に他意はありません。

    受験を終え合格を手にした学生に対し「医学部に向いていない」と、医師の立場で何を根拠に「一番得意な方向ではない道を進んでいる」ように感じ、故に発言したのか、もう聞くつもりありませんが、今後(振り返っても)、読み続けるうえで発言者の存在に気を配る必要は感じます。

    (読み戻らなくていいように同じ文言を繰り返すことになりました)

  6. 【5886759】 投稿者: 横から  (ID:9mPL6tcYAe6) 投稿日時:2020年 05月 22日 17:49

    別に上げ足などとっていませんが。
    普通世間一般で行われているのでお聞きしたまでです。

    そこまで原理原則にこだわられる方が、医師の説明義務に関して、看護師にさせといていいのでしょうか?

  7. 【5886801】 投稿者: 素通りできなかった通りすがり  (ID:AFXGn7FtY26) 投稿日時:2020年 05月 22日 18:27

    残念さん、もういいじゃないですか。
    残念さんが、どういう形や立場で亡きご主人の背中を追って
    どんな医学の道を進まれたのか、何の資格なのかさっぱりわかりませんが、
    臨床の現場はご存知ない様子。

    医師の仕事は診断と治療だけではありません。
    患者さんとのコミュニケーションを井戸端会議だの、
    医療従事者ならそんな発想にはなりません。
    無駄な会話に見えて、その人の家族の状況や生活習慣や、
    本人が気にしていない症状や、ストレスなどを聞き出しています。
    そうして信頼関係を築くのも大切なことです。
    30~40年ぐらい前なら、医師は患者さんと対話もせずに診察⇒診断⇒治療
    だったかも知れませんが、今はそのような時代ではありません。
    患者さんや家族と向き合い、説明し、納得してもらい、一緒に治療をするのです。
    国語力、必要だと思いますよ。知識もあり、腕も良く、患者さん思いなのに
    口下手だったり、難しい言葉でしか説明出来ないDr.いますもの。
    無用のトラブルも起きたりします。

    医師は、体や病変だけを見ていてはいけないのです。
    患者さんは「病気」ではなく、心のある「人」で、家族もいるのです。

    本当に、カルテは誰が書いても良いのです。無資格でも。
    主治医はもちろん記載しなくてはいけません。
    医師や歯科医師しかしてはいけないことは色々あります
    (まず、免許無しに医師や歯科医師を名乗ってはいけない。
     ほか、診断・処方・手術・診断書作成・死亡診断書作成など他色々)が、
    カルテを記載するのに制限はありません。

    もう、噛みつくのはやめましょう。
    見ず知らずの相手に残念ですとか、閑古鳥とか・・・。
    読んでて悲しくなります。
    お子様たちが立派な医師になられますように。

  8. 【5886935】 投稿者: 医者に数学  (ID:jK932tArvk6) 投稿日時:2020年 05月 22日 20:25

    やっぱり、あまりいらないと思うけどなあ。

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