在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
【大学受験目標】公文式有効利用法の探求
多くの皆様の願いが叶いまして、高学年(高校受験用)の板がついに誕生しました。
「公立高校受験から大学進学を目指す先取りを含めた学習方法」の正統の流れを汲む
分科スレです。 スレ主は「なる」(公文一般父兄・公文算数3年経験)です。
公文式は、高校数学教師公文公の発想から開発された幼児〜高校生を対象とした
学習アプローチです。このスレでは公文式算数・数学を有効活用しながら、
『青チャート』(数研出版)レベルの大学受験数学標準問題の解法パターンの
効率的な習得を目指しつつ、公文国語、公文英語(他外国語)、SRSの学習法の
情報交換を目的とします。
「小学高学年で、中学受験を目指すなら公文は効率の良い算数学習方法ではない。」
しかし将来の大学受験を見据え中学受験算数にとらわれない公文式の利用法や、
中学受験を目指す場合の幼児〜小学中学年。中学合格以降の中学時代などの
大学受験数学基礎期などの学習効率の良さは、一般に認められるようです。
★情報交換の場です。
中学受験をするかしないかは問いません。(幼児・低学年・中高生のご父兄も大歓迎)
公文式高進度者・公文式関係者指導者大歓迎(一般父兄に色々教えてください)
海外の公文経験者大歓迎です。(海外の公文式事情、色々教えてください)
高進度者は情報提供の立場で情報交換を「ただの自慢」は意味も品もありません。
先天的資質「地頭」議論は、不毛です。意味がないのでやめましょう。
中学合格目標なら、中学受験塾の方が効率良いです。議論に値しません。
極端な持論の押しつけや、批判と否定が主の参加はご遠慮下さい。
特に、私立中学受験批判、先取り学習批判はおやめください。
水道方式等他のアプローチを否定する意図はありません。(むしろ肯定的)
★公文式の有効利用のスレですから、公文式批判・公文経験者批判は「厳禁」で
お願いします。批判は完全にスルーします。スレが荒れますし、一般に公文経験者
の方が、公文式批判の内容について詳しいです。
どらえもんさん
私の公文歴は、このスレッドの115ページと116ページに書かせてもらっています。
それらの書き込みから適当に引用したものを、この書き込みの最後に記載しておきます。
私は公文を根本から否定するつもりは全くありません。
色々な教材をやりましたので、どこまでが公文のおかげかは分かりませんが、それなりの感謝はしております。
NHKのクローズアップ現代で公文(名指しはされていなかったようですが、公文のプリントが映像に写っていたと聞きました)が批判されていたと聞き、むしろ胸が痛んだほどです。
長年公文をやってきた自分が、悪者になったような気分すらしました。
公文についていろいろ書き込んできましたが、まさかNHKのドキュメンタリー番組で公文が悪者扱いまでされると、逆に擁護したい気持ちすら沸いてきます。
しかし、冷静になってよくよく考えてみると、NHKの批判は、それほど当たっていないわけでもない。
であるとするならば、公文はNHKの批判を跳ね返すような教育(応用力も養成する教育)へシフトすべきだと考えています。
私は公文の組織が硬直化していて、創始者の方針を変えることができないのではないかと強く危惧しています。
私が公文を否定的に書く理由は、公文が改革へと踏み出して欲しいからです。
以下に私の公文暦等に関する記載を抜粋します。
「30年弱ほど前から約10年間くらい、公文にお世話になった者です。
詳細は省きますが、いっときは数学で5年か6年先の教材をやっていたことがあり、私立中学受験を経て、東大理系に進みました。
国語は算数よりも遅れて始め、中学受験塾に入ると同時にやめました。
そのとき4学年くらい先に進んでいたそうです。
「そうです」と言っているのは、自分の記憶ではなく、親に聞いたからです。
英語は小学校のときと、中学入学後しばらくやっていたようですが、英語については親が覚えておらず、何学年進んでいたかはわかりませんでした。
ただ、英語は教材の構成があたまに残っています。
当時、公文英語は習うより慣れろメソッドだと感じて中学で辞めた記憶が残っています。」
アンダンテ さん
世間に左右されず生きるのは本当に難しいですね。
人の子は、特に幼児までにおいては親や大人の
擁護なしに生きてゆけません。そこに、親の
様々な思いで、小さな壊れやすい人格に対して
教育を強制するのは、強請りに近い行為です。
それが、譬え善意であろうとも。凶とでるか吉
とでるかの賭けをするようなもだと思います。
自分の子供を賭博の道具にだけはしたくは無い
ものです。冷静になれませんから。
ただ、躾に関しては厳しくあって良いと思うの
です。子供は、無邪気ではありませんよね。
ある意味、大人より邪気にとんでおり子供同士
の世界は時に冷酷であり、そこには大人の分別
がなければ人にはなれません。
アンダンテさん、何故、Educationを’教育’
と訳したんでしょうねえ。語源は引き出すと云う意
味合いだと思うのですが・・・。disciplineとは
えらい違い。
そらみさん、
状況がどう展開するか分からないとか、選択肢が多くて何を選んだ分からなくて悩む時には、次のようなチェックを掛けると有効のようです。
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* 今までの流れに沿って、一番自然な選択肢は何か?
* 目標を達成する姿をイメージして、今の局面からどういうステップを経て最後の局面に到達するか手順を考える。
* 何かあっても対応が取れるような幅の広さを持った方法か?
* 本人が、目標を追う気力が萎えないポジションをキープすることが大切。
* 当事者の悩んで選んだ直感を信じる。
* 決断するときは、例え心配があっても単純で簡単な方法を選ぶ。
>>>>>>>>>>>
第三者の意見ですが、数学を復習中心に塾で学習することをきちんとやり遂げる意思があるのであれば、当面それでいいように思えます。もちろん、モニタリング、評価、フィードバックを繰り返すことが大切です。ご自分でしっくり来る手段を見つけることを期待します。
なるさんへ
この夏休みは娘の思うとおりにさせて、今後の事を考えてみます。とにかく行ってみないとわからないので…
私の背中を押して頂きありがとうございました。
KEYさんへ
アドバイスありがとうございました。復習中心とは言え、塾は学校の先取りという形になります。
KEYさんのアドバイスは私には少しハードルが高く、理解するまで少し時間がかかります。きちんと書き出して考えてひとつひとつ確認してみます。ありがとうございました。
モンテ さん
> 公文はNHKの批判を跳ね返すような教育(応用力も養成する教育)へシフトすべきだと考えています。
私も同じことを考えた事がありますが、
公文の教室展開の仕方において、指導者の力の限界が
あると思うのです。よって、理想より利益なのでしょう。
タントさん
> 世間に左右されず生きるのは本当に難しいですね。
世間は、まぁあんまり気にならないほうですけど、母娘の関係は一筋縄ではいかないですね。反発しようとして実は取り込まれてたりする、みたいな。
モンテさん、タントさん、
応用力養成の公文って、私にはどうにもこうにも…しかし想像力の限界…という感じでイメージつかめません。
(乱暴な言い方をすれば)中身がわかってなくても先生になれるところが、公文のビジネスモデルの鍵ですよね? いまさらそこを変える方向転換なんて、ありうるでしょうか。
それとも、「教材に語らせる」スタイルのまま、つまり、解答さえあればたいていの大人が○付け・指導できるように工夫された、でも応用力をほんとに養うようなプリント教材セットを開発しますか??
なんか、とても話に無理があるような気がするんですが。
でも、基礎力養成の公文に徹するとしても、それは
> 理想より利益なのでしょう。
ということではなくて。
基礎力養成の公文なりに、できることがあるのだし、そこにひとつの理想だってあると思うんです。公文と、塾と使い分けられるわかりやすい公文であることの利点ってあるでしょ??
私はむしろ、基礎力養成の公文のまま理想を追求してほしいな。
スモールステップ、ちょうどの学習、自学自習スタイルで読み書き計算を身につける。そのための教材研究と改訂(改善)を大切にしていたら、それはそれで公文らしいと思う。
なるさん、皆様、こんにちは。
そらみさん、昨日は申し訳ありませんでした。
お嬢様の志望校を考えますと、いずれは塾通い、と言うのは選択肢に入ってきますものね。
お嬢様も前向きに通われる訳ですし、余計な事を申し上げたことを反省しております。
アンダンテさんのお考え、とても共感致します。
読み書きの基礎を徹底的に身に付けられるその内容と、自然に先々の学年に進められるカリキュラムの魅力を感じています。
又公文をウォーミングアップと考えているので、日々の取り組みには負担の無いよう気を付けて、補うべきところは補ってすれば、これほど良い教室は無いと思っております。
指導者の能力については確かに考えさせられます。
今のところは困ってないです。今後子供達が成長していく中で、そんな悩みが出て来るかも知れないですね。
評判の良い先生の居る教室に変わるのか、公文以外の教室でそれを実現するのか。
又皆さんのご意見を参考にしつつ、我が家の道を模索して参りたいと存じます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。




































