アートの才能を伸ばす女子教育
中学受験に大きな影響あり!地方創世って?
内閣官房の地方創世により教育が大きく歪められていると思います。
早稲田は2年間で合格者数半分に…。
本当に地方創世って教育を歪めるほどのスピードで行わないといけないものでしょうか?
東京都は2月に反対の緊急提言を出しましたが、本日の国会でも強行していくことを明言した政府。
教育の観点から合格者数を減らすならわかるけれど、「地方創世のため」で跡付けの理由というのはおかしいと思います。
中学受験はこれから早慶附属校を中心に、附属校の人気が大幅に高まるでしょうが、将来の日本にとって大きなマイナスとなると感じます。
> どっぽーがうらまやしいなんて奇特なことよ、と思ったわけなんですが、そのどっぽーの、聳え立つクソのような仕組みをおひとつ。
国立(独法)のほうが制約が多いんですね。ならば国立のほうが優遇されるのは致し方ないですね。私立が高等教育の7割を担ってきたと言っている人がいますが、それは高額な学費を払える人に対してですので、国立と同等扱いにするのはおかしいですね。
> 現行法の解釈でも、私学は助成を受けるとの観点からする財政上必要最低限の緩やかな監督を受けるだけ、との学説が通説である。
前にも書きましたが、大学の自由が認められるのは、社会の一構成員として十分な責務を果たしていることが前提です。学問の内容や教育の方法に政治が介入するのはよくないですが、社会が抱える問題に大学が協力しないのならば、その責務を果たしているとは言えないのではないかと思います。
> 多くの方々が「少子化にあわせて緩やかに合格者を絞ればいい」と言ってます。
少子化と合格者は直接の関連はないのではないですか。少子化によってまず見直すのは定員でしょう。定員は大学が受験者に約束している数ですので、その変更にあっては十分な周知と段階的な実施が必要になるでしょう。でも、合格者数は定められた範囲において大学の裁量で決めればよいと思います。
受験の合否は何も定員だけでなく、試験の難易度、出題傾向、解答方法に左右されますし、選択科目のパターン、センター利用有無よっても変わってきます。前者は当日問題を開けてみないとわかりませんし、後者も1年ほど前にしか周知がありません。これらも大学の裁量の範疇です。ですので、合格者数のみ数年かけて見直すべきというのは筋が通らないと思います。
お答えしよう。
1.大学そのものが社会的に重要な存在であるゆえ、現行憲法はとくに「学問の自由」で保障した。その意義は大きい。
2.とりわけ私立大学にも重要な使命あることに鑑み、立法府は私立学校法等で助成を定めた。
現在では、この国の高等教育を主に私立大学が支えている。
3.しかしながら、依然として財政面での国立大学偏重(といっても東大・京大)の状況は続き、それは設置者の相違では説明できぬ不合理な不平等状態となっている。このような国公立学校と私立学校在学者との著しい負担格差の軽減は国家に課せられた憲法上の要請である。
付言するに、あなたの執拗な私学批判の意図は知らぬが、私立大学は国立大学に優るとも劣らぬ有能な人材を輩出し、国の発展に貢献してきた。それは、今世紀における我が国総理大臣の多くが私立大学出身者であったことからも明らかである。また、今春入試で受験者数10万人を超えた私立大学が複数存在したとの事実も社会からの高い期待を裏付けるものだ。
あなたは、謙虚にかつ客観的にこうした私立大学の重要性と社会から寄せられる期待の大きさをお認めになるべきである。
>国立(独法)のほうが制約が多いんですね。ならば国立のほうが優遇されるのは致し方ないですね。私立が高等教育の7割を担ってきたと言っている人がいますが、それは高額な学費を払える人に対してですので、国立と同等扱いにするのはおかしいですね。
上記はまったく意味不明。荒唐無稽の極み。
私学はそれゆえ自由度が高い。私立学校法をよくごらんなさい。
不可解な国立大学優遇の根拠も、「制約の代償」云々とは無関係である。
当然、設置者が「国」ゆえ優遇されるとの論理的必然性はない。その前時代的官尊民卑はいつの時代の発想であろうか。
まして、国立大学が高等教育に対する高まる国民からの需要に応じてこなかったゆえ、私立大学がその補完として学生を多数受け入れてきたとの経緯もある。その結果、彼らがわが国の今日の発展を担い、それを築いてきた。































