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投稿者: 干渉親 (ID:G75K7xq8eHg) 投稿日時:2008年 01月 28日 21:11
中高一貫校2年生の親です。
中学受験の勉強時は3年間 親(夫婦とも)が付きっきりで子供の勉強を見てきました。 四谷に通っていましたが予習はすべて親が事前に解説し、復習やテスト準備も横で見ていてわからなくなったところですぐアドバイスをだすなどの勉強法でした。 偏差値60程度の中学に進み(おそらく入学時のレベルは中位)、一度親の勉強介入を止めましたがいきなり1学期の中間試験で英数社理でクラスのworst3を取り、ビックリしてまた親が教える体制になってしまいました。 競争心が全くなくビリだろうが、落第しようが全く気にしない性格で、手を離して低成績のままだと、そのうちイヤになって学校ヤメルとかいいだしそうでした。 学校の宿題も貯めると休みたいと言い出す性格です。
親の指導が復活し、少しは成績挽回して今は学内で平均のレベルにいますが、親が手を離すとアッという間に落ちそうな状態です。 親離れのため家庭教師も一時お願いしましたが、ウンが悪かったのか親の指導のほうがマシって感じでした。 このまま大学受験まで付き合うのかと思うとゾッとします。 教科内容的には夫婦分担で高校でも対応はできますが、わが子を教えるとつい熱くなり喧嘩になりがちです。 (普通の親子関係になりたい!)
中学高校まで親が子供の勉強を見たなんて御家庭は他にありますでしょうか? どんな風に親の勉強干渉の手を和らげたらいいでしょうか? アドバイスお願いします。
(なお、本板にGeneral勉強法がなく、科目毎しかなかったので数学板に質問書かせてもらいました。)
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【875386】 投稿者: 実際・・・ (ID:.0xDjDBLuwU) 投稿日時:2008年 03月 14日 13:30
実際問題、高校になった子供に「この問題が分からない」といわれて教えてあげることのできる親はいったどれぐらいでしょうか。何十年前に学校でならった問題を、その場で解くことのできる親は少ないと思われます。
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【896833】 投稿者: 通りすがり (ID:MH7C8w8EKvw) 投稿日時:2008年 04月 08日 23:40
実際・・・ さんへ:
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> 実際問題、高校になった子供に「この問題が分からない」といわれて教えてあげることのできる親はいったどれぐらいでしょうか。何十年前に学校でならった問題を、その場で解くことのできる親は少ないと思われます。
数学だけですが、即答できなくても、インターネットで調べて、解いちゃうと思います。
パズルを解くみたいで楽しい。
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【1057322】 投稿者: 昔の思い出 (ID:SsnL.b5CHPY) 投稿日時:2008年 10月 15日 00:07
私は父親に大学受験まで勉強を見てもらいました。 理系科目は。得意の文系科目はもちろん自分でやっていました。
その代わりに塾には行きませんでしたが。親もお金もかからないというメリットもあったでしょうが、実際は勉強を教えるのが好きだったようです。
勉強の先取りとか年間計画も父親主導でやってました。(公立高校だったので)
欠点としては自分はもしかして馬鹿なんじゃないかと劣等感にさいなまれることと自分に自信がもてなくなることです。でもこれも社会にでていろんなことにチャレンジしているうちにいつしか消えています。
良かった点は成績が良いということです。勉強も地道にやれるので(父親の叱咤激励付きですので)夏休みを終えた時に思いがけず成績が急上昇していました。
妹については父親の勉強の介在を嫌っていたので、こういうことは個人差があります。本人の苦手科目は見てあげて得意科目は自分でやらせるのであればそんなに思い悩むことはないと思います。やってあげたほうがよいのではと思います。 -
【1081323】 投稿者: 親は高校数学教師 (ID:v7U780Tyrns) 投稿日時:2008年 11月 05日 22:41
私は進学校の数学教師をしています。私の娘も中学受験のために、家で国数理社の4教科を見ていました。でも最近は反抗的になり、言うことを聞きません。教師として困っているので、普通のご家庭では学習に関して大変ご苦労されていると思います。学校で生徒に教えることよりも、自分の子供に教える方がよっぽど難しいです。
一つは、自分の子供だと、子供も親も遠慮しないためです。もう一つは、親が子供が考える時間を待てないことです。つい口を出してしまいます。 -
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【1084676】 投稿者: いわないほうがいい (ID:GNmI5lTW8wo) 投稿日時:2008年 11月 09日 00:34
教えられる教えられないは関係ありません。自分は会社員ですが、高校数学までならすべて教えることはできます。
しかし、大切なことは、子供が一人で生きていける力をつけることです。細かいところでひとつふたつ助けて成績が上がったところでどうにもなりません。先に死んでしまう親がいなくなっても生きていかねばならないのですよ。
お嬢さんは言われれば言われるほど、ほっといてくれとなるでしょう。それでまともなのです。本能的に自立しようとしているのです。待てない親が口出しすればするほど、それチャンスとばかりに反抗します。自己主張をする場が生まれるからです。(そんなことはまずないと思いますが)どうしても困って相談に来た時に相談にのるのがいいです。中三ですが、最近では、このジイのところにたまに相談に来るようになりました。 -
【1085688】 投稿者: まだ中1ですが (ID:zuK6yGNsIHY) 投稿日時:2008年 11月 10日 04:35
中学になって勉強全て本人任せにしたら、コツコツと
やっているにも関わらず、
平均スレスレしか点数がとってこれなくなった。
「まあ、賢い子ばかりだから仕方ないか」と思いながらも
定期テストの数日前に「あれ、やれ、これ、やれ」
と具体的に指示してみたら、点数はあがりました。
(中受の時は教えはしなくても指示をしていたので、
それも本人に任せたくていきなり手放しました。)
ちゃんと勉強していても、
どこまでやれば点数に結びつくかが、
どこまでやれば自分のものになるのかがわかってないのでしょうね・・。
親は問題を解けと言われたら解けません。
完全に忘れていますね・・。得意科目すらも・・。
でも、解説をみれば、全部じゃないけど、なるほどとわかります。
苦手だった英語なんて、今ごろ、こういうことだったのか~と思うこともあり・・です。
本当に子がわかっているのかと、親は解答を
片手に子のノートを覗き込み・・・。
でも、数学だけは手が止まっていると、ヒントでも与えようとしたら、
「考えてる最中だ、言うな。」と凄く嫌います。
結構、数学は自己流で解くことがあるので、その単元の勉強になって
いないのではないか?と思ったことがあり・・。
子は、方程式を学んでいたとしても方程式で解かなくても
合っているからいいではないか?という考え方をしていたので、
ノートを覗き込んでみて、良かったと思ったことあり。
どう解こうがいいと思うが、やはり、学んでいる解き方を
完全にマスターするためにもその解き方で解かなくては・・・と
アドバイス出来たので良かったと思う。
うちは、
1、「わからなかったら、解答を見ろ」
2、「それでも解らなかったら解答をもって聞きにこい。」
親も曖昧で不安だったら、
3、「調べろ」
4、「調べても解らなかったら先生に聞け」
といつもこの順序です。
2と3は入れ替わることもよくありますが・・。
暗記は「変わりに覚えてはやれないからなあ・・」で終わり。
子なりに計画はたてていますが、親からみればそのペースがぬるい!! -
【1085689】 投稿者: あ (ID:zuK6yGNsIHY) 投稿日時:2008年 11月 10日 04:49
追加、1、の「わからなかったら解答を見ろ」は、言わなくても
見てますよね・・・。当たり前ですが・・。
ただ、解説まで見ないで、答えだけ見て、合ってるとやっていると
ちゃんと解答(解説)まで見ろと・・・ノートを覗き込むと
言いたくなります。答え合わせがいい加減ですから。
過去、自分自身は、親は完璧にノータッチ。
何をやっていいかさえわからなくて、
中2では完全に落ちこぼれてしまっていました。
中3になって初めて良く似た問題はないか・・と自分で参考書も買い、
それを片手に
探してなんとしても解こうということを覚えたかなあ・・。
毎日でも同じ問題に悩んでいました。
解けた時のあの喜びは今でも忘れられません。
でも、それが力となって浮上しましたけど・・・。 -
【1097789】 投稿者: null (ID:xpYyN0vV/K.) 投稿日時:2008年 11月 21日 02:47
大分前に立てられたスレッドのようですが、
思うところがあったのでレスポンスを付けておこうと思います。
個人的には別に全くおかしくないと思います。
ただ、その目論見がどこにあるかが最大の問題でしょう。
志望校に通るためだけの入試対策であるならば、
『体系数学』や『4STEP』などの傍用問題集をひたすらゴリ押しででも
何でも叩き込もうとするでしょう。
しかしこの場合非常に機械的なプロセスになるかと思いますし、
元々学生が持っている資質が低めである場合、
悲惨な結果になる事例も聞くことはあります。
他方で、数理科学や言語の深い素養を身につけさせようとする意図から
教えるのであれば、意欲がある学生にとっては
これ程ありがたいことは無いでしょう。
そして、自分の力で生きていく力を身につけるというのは、
時には強引な突破力も必要でしょうが、
個人的には豊かな素養から湧き出る人間性や着想といったものが
与える影響の方が大きいと考えます。
そうした意図から教えるのであるならば、
例えば英語ならばガルブレイスやラッセル等を共に読むことは
ある程度時代を超える普遍性があると思いますし、
数学ならば、傍用問題集をガリガリやると言うのではなく、
例えば『数学を決める論証力』や『新数学演習』、
月刊誌『大学への数学』に掲載されている『宿題』や
『学力コンテスト』の問題を共に考える、
という事も価値あることにあるだろうと思います。
ただ、父兄の視点から学生に学ばせることを意図するならば、
科目指導では(経験や素養上)限界があるでしょうし、
新聞や新書を読み交わしては小論文対策にもつながるような
議論をする、というアプローチもあるのかなとは思います。