女子美の中高大連携授業
【大学受験目標】公文式有効利用法の探求
多くの皆様の願いが叶いまして、高学年(高校受験用)の板がついに誕生しました。
「公立高校受験から大学進学を目指す先取りを含めた学習方法」の正統の流れを汲む
分科スレです。 スレ主は「なる」(公文一般父兄・公文算数3年経験)です。
公文式は、高校数学教師公文公の発想から開発された幼児〜高校生を対象とした
学習アプローチです。このスレでは公文式算数・数学を有効活用しながら、
『青チャート』(数研出版)レベルの大学受験数学標準問題の解法パターンの
効率的な習得を目指しつつ、公文国語、公文英語(他外国語)、SRSの学習法の
情報交換を目的とします。
「小学高学年で、中学受験を目指すなら公文は効率の良い算数学習方法ではない。」
しかし将来の大学受験を見据え中学受験算数にとらわれない公文式の利用法や、
中学受験を目指す場合の幼児〜小学中学年。中学合格以降の中学時代などの
大学受験数学基礎期などの学習効率の良さは、一般に認められるようです。
★情報交換の場です。
中学受験をするかしないかは問いません。(幼児・低学年・中高生のご父兄も大歓迎)
公文式高進度者・公文式関係者指導者大歓迎(一般父兄に色々教えてください)
海外の公文経験者大歓迎です。(海外の公文式事情、色々教えてください)
高進度者は情報提供の立場で情報交換を「ただの自慢」は意味も品もありません。
先天的資質「地頭」議論は、不毛です。意味がないのでやめましょう。
中学合格目標なら、中学受験塾の方が効率良いです。議論に値しません。
極端な持論の押しつけや、批判と否定が主の参加はご遠慮下さい。
特に、私立中学受験批判、先取り学習批判はおやめください。
水道方式等他のアプローチを否定する意図はありません。(むしろ肯定的)
★公文式の有効利用のスレですから、公文式批判・公文経験者批判は「厳禁」で
お願いします。批判は完全にスルーします。スレが荒れますし、一般に公文経験者
の方が、公文式批判の内容について詳しいです。
公文の有効利用を声高に云うなら、
公文のメリットだけでなくデメリットも正確に分析して、
公文に付き合うべきだな。
公文もツール。
公文とどう上手に付き合うかを素直に議論できる場であって欲しい。
いつも結論は、
「やっててよかった公文式」
なんだよなあ。
この板の良さって・・・
公文式の学習を通して、
子育ての不安や悩みなどを書き込んで、
他の人が直接的な指示をするのではなく、
また、批判や議論をするのではなく、
自分の体験や経験を語ることで、
不安や悩みを持っている人自身が自分の考えで解決していく・・・。
その中心として、
なるさんが見事なカウンセラー役をしてらっしゃる。
だから、この板も続いてる?
なるさんの 独り言のような状況が続くこともありますが(盛り上がらない 笑)、
困ったことがあれば、いつでも書き込める安心感。
たぶん、みなさん、なるさんってどんな人?興味はあると思います。私も知りたい!
でも、なるさんが自ら語らないことを選択してらっしゃるのだから、
こちらから執拗に詮索しようとは思いません。
ここは「公文式情報交換」の板ですよね。
たしか・・・。
こはく さん
公文式情報交換の場は、他にもあるんですよ。
でもね。公文式経験者は公文の批判や公文の
デメリットを挙げて終わるケースが本当に多い。
下記のように、御自身の経験から、単純に短絡的に
公文式を評価する人が多くて、それは、
結構、説得力もあるし、彼らの言い分も一理あるんですよ。
私は私なりに、建設的に公文式の有効利用の方法を色々
探ろうとしたのだけど、それはこの板にそぐわないんですかね。
そらみ さんが言っていたように有効利用を主題にしないで、
カウンセリングで慰めあって、
子供が歩く先の大きな穴に気付かず、同じように公文式批判者
になっていく様はみたくないと思ってるんです。
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さて私は、一昨年まで東京で、父が開いた個人経営の学習塾を引き継いで経営しておりました。そこでたくさんのお子さん達をお預かりしていましたが、その中に、大変困った子供達の一群がおりました。
私どもの塾は、父が現在の学校教育では学問のおもしろさや解き明かすときめきを子供達に触れさせることが出来ないと確信したことによって設立されました。学問のおもしろさや美しさに触れさせたい、そう言った学問のエッセンスを楽しませ、考えることのおもしろさを教えたいということを教育方針にすえた塾でした。ですから、指導の主眼は、「過程を考えること、なぜそうなるのか、どういうからくりがそこには働いているのかを自分で見つけようとすること」に置かれました。
今まで塾に通ったことがないお子さんは、十中八九、塾の勉強を面白がってやってくれました。他の塾に通っていた子達も、ほとんどは、うちの塾の教え方になじんでくれました。そのせいか進学実績も悪からず、そちらに着目して入学してこられる方が多かったのにはなんとも苦笑したものです。(自画自賛めきますが、考える力さえしっかり備わっていれば、受験勉強などは国立や御三家でも1年半もあれば十分すぎます。)
しかし、ある一握りの子達は、大変指導に時間と手間がかかりました。彼らは「なぜ」という問いを持つことを面倒がり、早く答えの出せる技術だけにこだわり続ける子供達だったからです。決まった解き方に当てはめて、早く答えを出すこと。「じゃあ、なんでこれで答えが出るんだい?。君はどういう考え方をしてこの式を立てたの」と、正解の並んだ算数の文章題のプリントを前に聞き返すと、彼らはみんなとても嫌な顔をしたり、あるいは質問の意味が分からないと言うようにきょとんとしたものです。この子達は教えなくても公式が使えるのに、「公式に当てはめて」以上の説明を自分が書いた式に対してすることが出来ませんでした。
彼らはみんな、一人も残さず、公文式の経験者達だったのです。
これは恐ろしいことです。「一人も残さず」などとは、通常目の当たりに出来るものではありませんが、本当に誇張なしに「一人も残さず」だったのですから。
本来備わっているセンスや才能も、小さいうちに駄馬の尻をひっぱたくようなやり方にさらされてかなり磨滅します。特に、「論理の全体のアウトラインを見通す(見当をつける)能力」においてはなはだしい悪影響があると言わざるを得ません。公文式の大半の子が高校内容にはいると挫折するのは、理屈を組み立てる能力を使わずに力技だけで押しまくる学習方法に付いていけなくなるからです。人間はもともとものを考えるように脳が作られていますから、こんなものは、付いていけない方がまともに育っているとさえ言いたくなるようなものです。
知能の発達の3類型を引き出すまでもなく、子供というのは、そんな単純なものではありません。公文式は、「小学校で微分ができる子供」を喧伝し、力技のきく子供の方がそうでない子供よりも価値がある、と思いこませ、力技で解くのに向かないタイプの子供(考え方からはいりたがる子供など)と親たちに深刻な挫折感を植え付けてしまいます。本当に重要な、「その子は微分という概念を理解しているのか」ということをすっとばして。(蛇足ですが、微分は計算そのものはまったく難しくありません。ただ、たいていひっかかるのは、微分という概念、近似するという考え方の部分なのです。高校で微積が難しく感じられるのは、この概念のひっかかりやすさと計算のやさしさのギャップが大きいと思います)
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