今年入学した高1生が語る青春リアル
久留米附設の情報交換を行うスレ
久留米附設の情報交換のためのスレです。
附設は広報活動に積極的ではなく有益な情報を集めるのが難しい上、最近は中学共学化に伴って学校が大きく変化しています。
後輩保護者の助けになる様な情報提供の場になれば、と思います。
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他校への誹謗中傷や、個人が特定できる様な情報は厳禁でお願いします。
私は卒業生で、昔の附設も今の附設も知っておりますので、私の経験から考えを申しますと…
まず、中1・2年生と卒業時の成績は、必ずしも相関しない印象です。
中1最初のテストと中3最後のテストで、上位者の3〜5割は入れ替わるのではないでしょうか。
附設では勉強しない者は少しずつ置いて行かれることになります。よほどの能力の持ち主でなければ、勉強の習慣なしに成績を維持するのは困難だと思います。
高校からはさらに高校入学生の存在により、上位に入るハードルは上がります。
しかし、最も劇的な変化は高3にあるかもしれません。
それまであまり勉強してこないで、定期テストでぱっとしなかったポテンシャルの高い生徒達がいきなり伸びてくることも少なくないようです。
大学進学という出口戦略を考えたとき、最も重要な成績は校内模試です。
資料を見ると、長年の経験に裏打ちされた校内模試の判定の精度の高さがわかると思います。
校内模試と定期テストの成績の相関を見ると、やはり、そこまでではないことが見てとれます。
なので、定期テストで授業の内容の定着度を測るのは大事なのですが、本質的な理解なしに、試験前に詰め込んだものを吐き出して得た点数では意味が薄いのだと思います。
中学でも年一回は受験する模試なども参考に、今何をやらなければならないのかを考える必要があると思います。
近年、中1には確認テストというオリジナルの模試があります。この結果も重要なようです。特に、Cを取ってしまうと、その分野ではその後かなり厳しいという話もあります。
と、書くと、中学から勉強、勉強のイメージですが、のびのびと本質を理解して学ぶのが大切なようです。
最近は馬鹿にして手を抜く人も多いみたいですが、夏休みの自由研究や卒論に全力で打ち込む経験はその後の人生に大きな影響を与えると思います。実際、優秀者は進学成績もいいとの話です。
投稿者名は違いますが、IDは同じです。
↑君は本当に附設高生。どの程度の順番に位置しているのかな。
東大併願レベルは何人くらいいるのかな(少数でしょう)。
附設生の父兄には、少なからず慶應出身者もいることを、考慮しての発言かな。
附設生が、本当に、世間から素晴らしいと評価されるためには、発言に注意をする必要があるのではないか。
このスレは、附設を志願する小学生や中学生に有益な情報を提供する場です。自慢する必要はありません。だれも望んでいません。
附設生全体の、評判を落とす発言は控えるべきと思います。
娘の親さんの慶應に関する発言、そんなに違和感はないのですが。ただ、大半の生徒が私立大学を目標にしていないのはその通りです。
ただし、東大と慶應(医学部、法学部、経済学部)を併願し、無対策で慶應にも合格するか、センター利用で慶應にも合格する生徒は、附設の平均よりも良い成績であるのが普通です。
「老婆心」の下りですね。ご意見は、批判的なご意見でも好意的なご意見でも、目的が同じなら、大いに歓迎します。
私も、ワインを飲みながら書いたので、少し口調が厳しすぎたかなと反省していました。また、フォローしていただける方もおられたので、目的外の議論になると思い、その場ではスルーしました。
が、ここで、本質について、釈明します。
その前の前の前のスレ「中1娘の保護者様ー附設も修猷館も、国立大学進学を前提としたカリキュラムですので、私立大学専願の受験生には厳しい学校だと思います」→ その次のスレ「娘の親ー福岡の財界は、修猷館→慶應が特に多いですよ)→「附設高生ー附設なら慶応は楽勝ですよ(慶医は除く)東大併願レベルの学生なら、まず落ちることはないでしょう。しかし慶応第一志望の生徒は私の知る限りいませんけどね。 」→「老婆心ー上掲の内容」。
まず、私は慶應出身(合格通知はもらいましたけど)でも修猷館出身でもない(娘は文1志望)ので、あえて、以下の動機のもとに書いた次第です。
前提事実。私の知っている、当時の先輩、同期、後輩の修猷館生には、慶應や早稲田第一志望の知人が多くいました。東大志望の知人はほとんどいませんでした(当時のご三家においても附設においても東大志望者は極少数派でした。。また、当時は東大合格者は、附設より修猷館のほうが多い時代でした。そういう時代です。 今でも、駿台模試の上位者欄を閲覧すると、東大以外の国立や私立文系を第一志望としている生徒も見受けられます。
そこで、「私立大学専願の受験性にとって、附設や修猷館が厳しい学校である」ということはないのではないか、附設や修猷館に行ってもいいのではないかというのが最初の書き込みの動機。
次いで、「附設なら慶応は楽勝ですよ(慶医は除く)東大併願レベルの学生なら、まず落ちることはないでしょう」について、そもそも問題把握がずれてきているのですが、論理矛盾について、いじってみたくなった次第です。「附設」なら慶応は楽勝ですよ・・東大に現役合格する附設生の数は20名前後(去年)・・とすると殆どの割合を占める(180名前後)にとって落ちる可能性を否定できないということを言っているのと同じではないかと。
一番心配したのが、慶應を含む殆ど多数を占めている他の大学志望者や卒業生の嫌悪感を生む表現ではないかということです。附設から慶應に合格している生徒(東大にも合格している生徒も少なくないのでしょうが)は数十名単位います。東大に進学しているのは、極少数派です。したがって、他校生のみならず附設の多数の生徒から見れば、気分がよくない書き込みではないか。ということは、附設全体に対する反感が増えるのではないか、との危惧が「老婆心」という投稿になったのです。
話は変わりますが、娘が附設を希望すると言い出した時、周りの友人に「附設」についての見解を聞きましたが、その反応は、以下の通り象徴的なものでした。
修猷館→九大医学部出身著名医師・・・附設!とても素晴らしい学校だよ。
修猷館→国立、私立卒の経済界、教育会の重鎮・・・附設!感心しない・理由?・嫌なやつが行ったから。
著名になればなるほど、指導者的立場になればなるほど、支えてくれる人々への配慮が必要になるのではないでしょうか。現役の生徒さんたちにも解ってほしいといのが動機です。




































