最終更新:

308
Comment

【3663163】中学受験気づいたこと

投稿者: 御三家   (ID:nfx7z3YbZAs) 投稿日時:2015年 02月 10日 11:37

受験を振り返り、感じた事、気づいた事をまとめました。
終了組の皆さんのご意見も賜り、これから受験の皆さんに少しでもお役にたてれば幸いです。


1、「4年までの成績はあてにならない(上位限定)」について

→これはよく聞くお話ですが、その意味として

・まだ履修範囲がほんの一部であり難易度も低いのでここでの出来はあてにならない
・親がかりでやっていたとしてもまだ上位の成績がとれる内容なので5年半ばで下降する可能性がある
・5、6年から入塾する優秀層に抜かされる

などがあるかと思います。

どれもあてはまるところはあるかと思いますが、私自身が感じたことは、

・最後まで最上位にいる優秀層は4年から優秀。ただその中に最後まで残れない子がまじっているだけ。
・優秀層は4年あたりではそう勉強時間を取らずとも上位グループにはいる。
・5年半ばを過ぎ、内容が難しくなると周りが脱落するためその子達の優秀さが際立ってくる。(特に算数)

結論として、「こういう子達に届くと思うと失敗する(苦労する)」


2、では、こういう子では無いけれど難関校を目指すためには

→(月並みなようですが)算数の完成を急ぐ。

・算数を毎月のテストのカリキュラム通りにやっているようでは間にあわない。
 6年スタート時には各単元の理論は頭に入った上で、使いこなせているように。
 難関校の算数は塾のテストのように平易な問題は出ない(少ない)のでそれが解けてるだけでは到底難しい。
 難問というのは単元理解を前提に使いこなせているかを見る問題。
 初見で解いたことがない問題の解法をみつける力を試している。
 すなわち、6年で各単元の問題を自由にあやつる土台ができていないと苦労する。


3、見切りも大事

→そして御三家はじめ難関校を目指す素養がないかもしれないと感じたら。
 
・すぐに切り替え、難問ではなく基本にもれがないか、単元の抜けやムラがないかを確認。
・普通から応用レベル(頻出の型)を繰り返し解き、形にしていく。
・そこを着実にもれをなくせば、男子最難関(国立・御三家)以外であれば手が届く。
・これに気づくのが遅れると、その学校も怪しくなる。(リカバーできるかもしれないが最後苦労する)


以上です。

結論として、感じたことは
塾の組分テストなどでは難関校の素養は全くはかれない、ということ。
平易な問題からの羅列構成で最後の大問を落として9割とる力と、難関校の問題構成は全く違うので。
もちろん優秀層もこの中にいるにはいるが、ここにはその二つの層が混在しているということ。(見極めが大事)

塾がテストという仕組みで子供達を能力別に分けるのは、能力に適した授業をするということ、短期間での達成目標をおくことで集中力をきらさないように、という意味あいがあるかと思う。

しかしゴールが最難関なのであれば、目の前にテストに振り回されることなく、最後に必要な力をどのようにつけるか、また見切りをつけるとしたらいつ頃どの状態の場合か、をしっかりと親が考えておくべき。

そうすれば、無駄な努力はせずに子供に負荷が少ない勉強法で難関校に合格できる。


拙いお話を失礼致しました。

返信する

管理者通知をする

マイブックマーク

「中学受験情報に戻る」

現在のページ: 19 / 39

  1. 【3668497】 投稿者: ロングライダー  (ID:ZV6O/gA82c.) 投稿日時:2015年 02月 15日 20:33

    「レクイエム(ID:mI.LrJkMoNk)」さん
    深いね。その「つかの間」のために、熱狂してしまうわけだが。
    祭り、ということかな。

  2. 【3668515】 投稿者: 自由な精神  (ID:mkcl57YqNgQ) 投稿日時:2015年 02月 15日 20:48

    ピラミッド構造さん>
    > 私がというよりも、中学受験という目標の前で、そのような精神状態になっている親のことは責められないと
    > 思っているのです。 どうしても目の前にあることにのみ集中してしまい、視野狭窄になるのが人間ですから。
    乳幼児を育てているときに、「お母さん、あなたは悪くない」の言葉を思い出しました。
    そのとき、そして、それからの、子どもは?結局子どもにしわ寄せがいくのではないの?


    見極めが大事さん>
    > その子の能力とだけじゃなく、何が好きなのか・向いてるのか、嫌いなのか・不向きなのか‥を考えて最大限
    > 努力はしても無理はせず、ハッピーに生きていくには何が大切なのかを指針にアドバイスしてあげる事だと思う。

    と、言うことは、やはり、子どもの人生は親が見極めて決めることになってしまいますよね。
    自分で選べれば良いのに。
    アメリカでは、遺伝子を調べて、例えば長距離ランナーに向いているか向いていないかで振るわれるケースが出てきています。
    そのニュースを聞いた時、遺伝子は調べれば論文になり、臨床応用もされることもある。そして、何かしら結果を出すかもしれない。
    一方で、ものすごく残念で惨い時代になったな、とも思います。
    能力とは別にやりたい、という気持ちが持ちにくくなりますね。持ててもその機会を取り上げられてしまう。。。
    極論であることはわかっていますが。”子どもの能力を親が見極める論”にそれを思い起こしました。


    レクイエムさん>
    > 昔の武蔵なんか、袋の中に入っているものの性質を調べましょうみたいな理科の問題があって、純粋に思考力を問う良問だったのに、
    > 「偏差値通りに受からないので結果が読みにくい」と塾に嫌われ、人気が落ちてレベルが下がっていった、という話があります。

    そうでしたね。武蔵は思考力を問う時、受験生の解答に期待する方向性がありましたよね。
    問に対するポイントから外れない、というものです。多分今も。

    麻布は、ポイントというよりは、思考力というか、試行錯誤・思考の痕跡を見ますよね。だから、900人の解答にも関わらず、答案を前に採点者で議論に至ケースがある。多分今も。

    両者とも御三家残る開成とは違って、目安偏差値とかけ離れた子が向いていたり(合格したり)することがありますよね。そこを見ようとしてくれる良い学校でしたが、両方とも志願者数を減らしましたね。

    そんな様子が今の世の中を表しているのではないかしら。大学生・社会人になった子たちを見ていてもその頃の背景を感じます。

    都立一貫の適性検査も面白いと思いますし、ここ数年の受験問題を見ていると、だんだんと理社の直前詰込みでは対応できなくなってきていますね。

  3. 【3668642】 投稿者: ステーキ焼鳥  (ID:IXuhtaoHzvg) 投稿日時:2015年 02月 15日 23:24

    たしかに、つかの間ですね。
    でも、親子で嬉しい思い出ができただけ、幸せかもしれません。
    牛?に対する周りの対応が余計につけあがらせるような気もしますが。部位なぞ誰も気にしないし。

    幸せな思い出は、一生物です。ないより、ずっといい。
    また、次の思い出を作りに日々邁進すればいい。

    刹那主義者なので、算数センスだけでは、将来文系人に使われるだけで、大して意味がないと悲観していましたが、一番大事、という考えもあったのですね。

    子供の能力が、将来、社会のどこかで少しでも活かされれば、本望です。

  4. 【3668831】 投稿者: まさにエデュ  (ID:mKRWkBKOr0Q) 投稿日時:2015年 02月 16日 08:48

    >振り返るのであれば、子供が70歳になったときに、どれだけ出世したか、を振り返るのが最も的確であろう。

    エデュ母の価値観を端的に表していますね。
    これが東大より医学部、理系メーカーより外資金融を選ぶ子供たちを作りだしているんでしょうね。
    やりがい・興味、より稼ぎ・・・価値観の1つではありますが、ここまでそれが幅をきかせているのは不思議な世界です。

    数学オリンピックの受賞者の年収が1000万ないからって“算数なんて大事じゃない”って思う価値観は寂しいです。
    私は逆に数学オリンピック受賞者が開業医になっていたりしたらなんてもったいないんだろう、と思います。

    私は子供が70歳になったとき、“幸せな人生だったな”と思える人生を送ってほしいですがそれはみなさん同じでしょうね。
    おそらくエデュに集う多くの皆さんにとって幸せな人生=お金のある人生、なんでしょうね。
    もちろん私も“お金のない人生”は嫌ですけど・・。

  5. 【3668871】 投稿者: ていうか  (ID:yvL0jguLAPA) 投稿日時:2015年 02月 16日 09:26

    皆さんが当たり前のように使っているPCやスマートフォンだって数学がなければ成り立たなかった世界でしょうに(身近な一例ですが)。
    これからもっともっと進化していく世界ですが、そういう認識だったら日本はどんどん取り残されるのみで優秀な人はどんどん海外に流れていきそう。

  6. 【3668946】 投稿者: あのね  (ID:pGm4BsHTwKk) 投稿日時:2015年 02月 16日 10:19

    算数・数学のセンスがある子は、きっかけは塾とか色々だけど、自然にできてしまう。
    理解力が図抜けているから、(興味があれば)他の教科も自然に伸びてしまう。
    彼ら・彼女らは自然とそうなるわけ。足が速い子と一緒。

    それを「その後の人生が~」と穿った見方する「その他大勢さん」がいるわけだが、理性的な見解とは言えないね。

    エデュの「その他大勢さん」は基本大卒者なわけだけど、
    この手の人は、大卒不要論者の高卒起業家に対しては例の統計学モドキで抗弁するからね。

  7. 【3669136】 投稿者: 匿名  (ID:T7JIm6X93XM) 投稿日時:2015年 02月 16日 14:01

    >振り返るのであれば、子供が70歳になったときに、どれだけ出世したか、を振り返るのが最も的確であろう。

    これはさすがに
    「自分が100歳前後まで生きてみなければ分からない」
    という皮肉だと思うのですが…

  8. 【3669638】 投稿者: 違和感  (ID:cvaKtDYWFeY) 投稿日時:2015年 02月 16日 23:25

    皆さまが同じようなことを言われるので、そうなのかな、と思わないではないですが、どうも、違和感があります。

    まず、いかに難関と言え、中学受験程度の算数ができなくて、論理的思考力がどうの、というのは、いかがなものか、ということ。
    論理的思考ができて、算数ができない、という概念を理解できないだけです。
    もう一言付け加えるなら、営業やマーケティングや広報のような、文系職場でも、数学的素養は極めて重要です。
    上層ノンマニュアルを目指すなら、ですが。


    次に、学生時代は与えられた問題を解くが、社会に出ると答えが無い問題を解く、ということ。
    これはみなさんがおっしゃるのですが、社会に出て、こういうことを感じたことは一度もありません。

    たとえば、事業本部長が、本部利益を5%増やす、という目標を、取締役会で設定される。
    これ以上わかりやすい問題もないでしょう。
    ある本部長はコストカットで利益をあげ、ある本部長は海外進出で利益をあげるかも知れない、解法が複数ある問題とそっくりです。
    ビジネスはゲームのようなものです。


    ひとつ言えるとすれば、問題設定は重要、ということは、あるでしょう。
    上の事業本部の利益目標にしても、達成可能なぎりぎりのところを設定する必要があります。
    大学の教員になると、自分の講座を持ったときから、研究テーマの設定に裁量があります。テーマ設定が研究の命、という面もあります。

    しかし、適切に問題設定を行うためには、一般には、問題解決の手法を多く身に着けていることが必要です。
    着想倒れのようなビジネスはゴマンとあります。


    東大理系出身企業役員より。

あわせてチェックしたい関連掲示板

学校を探す

条件を絞り込んで探す

種別

学校名で探す