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【3871615】歴史はロマン

投稿者: ひまわり   (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 11日 13:59

古代史の理解を広めていきたいと思います。
仮説であってもその刺激感がたまりません。

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  1. 【3875009】 投稿者: 不生産的労働者  (ID:JeNofJ3PW2c) 投稿日時:2015年 10月 15日 18:03

    >投稿者: ふふ・・・ (ID:MzPbYxjPVYc) へ

    無責任なスレッド破壊者であったあなたと「自由」に、
    他人を問える資格はない。

    まず、両人は過去における一連の低次元レス応酬につき、
    コメントすべきであろう。

    すべてはそれからである。

  2. 【3875095】 投稿者: 不生産的労働者  (ID:H8HRDmfArjU) 投稿日時:2015年 10月 15日 20:35

    >投稿者: ふふ・・・ (ID:wViSjrdk1rA)

    くだらない。
    他人をどうのこうの言う前に、
    まず私からの指摘に釈明してもらいたい。

    あなたと「自由」は、複数に亘る他スレでもって低次元の争いを延々と繰り広げた。
    ほんとうにひどかった。
    その結果、多くの方々が書き込みを躊躇し、足を遠のかせた。

    たしかに「感情論」等の連発でお茶を濁す「自由」に問題はあった。
    しかし、どうでもいいことに延々と拘泥したあなたご自身の姿勢にも責任があったものと言わざるを得ないものであった。
    目こそ鼻くそであったのである。

    したがって、他の方々からならいざ知らず、再三の指摘にも関わらず今日に至るも上述に頬被りを続ける「自由」とあなたにだけは、他人に意見する資格はない。
    まずは、そのことにつき真摯な総括がなされるべきである。
    常連であるお二人にはその責任がある。

    また、私からする本件指摘を根に持ってのあなたの逆切れ(開き直り)。
    これも子供じみている。
    私の意見が正鵠を射ていることの証であろう。

    あしからず。

  3. 【3875104】 投稿者: 必死だな  (ID:dVFMv1cVdXg) 投稿日時:2015年 10月 15日 20:48

    ふふ…さんが今日はもう来ないと思って、調子こいて書いてるようだな、フタマータ!
    人のことどうこう言う前に、このスレに書き込みするのは止めろや!
    みっともないぞ。

  4. 【3875372】 投稿者: ひまわり  (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 16日 07:56

    おはようございます。

    紙つぶて様。
    はい、歴史はワクワクいたします!
    今は「歴女」さんたちが盛り上げてくれて、、、そうそう、今、刀剣乱舞というゲームがはやっているそうですね。少し前、岡山県の備前市を訪ねたときに「備前長船刀剣の館」で刀が作られる工程を拝見しました、いやあ、訪れる前までぜんぜん期待していなかったのですが(失礼)とってもよかった、楽しかったです。
    「刀剣乱舞ゲーム」ファンの女性たちが大勢訪れていたのも驚きです。
    このゲームと刀剣のコラボ展が開催されていたのですが、刀剣を美少女に見立てた大萌パネルの展示に男子の来場者が多いのかと思いきや、可愛らしい女性たちであふれていてたのがなんか良かったです。例年にない入場者数らしいですね。
    この吉備は古くから鉄の生産地としてしられていましたし、ヤマト政権によるこの地での農作の復興があったそうです。おそらく鉄による農機具の製作もさかんだったんじゃないかなあ。鉄と農業と瀬戸内と、吉備は相当な力を持っていたと思うのですがどうしてヤマトにとってかわって新たな王朝を起さなかったのでしょう?水谷氏の新書にも書いてありましたが、「力」よりも「血や皇統」が重視されたのはどうしてなのでしょう?
    このまま氏の新書を読み進めていきます。

    冷静にかんがえると様。読むのが亀のようにのろくて申し訳ないです。

  5. 【3875667】 投稿者: 不生産的労働者  (ID:uM1aPauhv1s) 投稿日時:2015年 10月 16日 14:21

    多様な考えの共存と天皇制廃止とは別問題。
    ゆえに、共存しうる。
    天皇制につき、大いに議論したらよい。

    私の狙いは、所与の大前提に見える天皇制につき、問題提起を通じて議論を喚起することだ。
    それを通じて、天皇制につき客観的検証を促すためでもある。


    一見揺るぎのない科学的事実であっても、そこに疑問を提起し再検証することは科学の進歩のためにも必要であろう。
    まして、天皇制は人為的に作られた存在だ(皇国史観はともかく)。
    「万世一系」の天皇が統治するとの虚構が否定され、天皇は主権者でも統治権者でもなくなった。ゆえに、その地位は我々国民の総意に基づく(憲法1条)。

    不敬罪も廃止され、われわれは天皇制の存否につき自由に議論しあえる権利が保障された。
    憲法施行後68年余り。
    昭和天皇も死亡して久しい。
    今こそ、冷静な議論が可能な時期ではなかろうか。
    議論をタブー視してはならない。
    それが憲法の基本理念にも関わるものだからだ。

    自民党による戦前回帰の憲法改悪試案が邪悪な現実味を増すこのとき、
    より冷静な議論の必要性を感じる。
    彼らによる不当な天皇の政治利用を防ぐためにも。

  6. 【3875669】 投稿者: 不生産的労働者  (ID:uM1aPauhv1s) 投稿日時:2015年 10月 16日 14:23

    さらに補足すれば、戦前に日帝が治安関係法でもって大衆の自由な言論を圧殺した目的もそこにある。

    すなわち、活発な議論の結果当然に起こりうる天皇絶対支配体制への疑問惹起を恐れたからだ。
    むろん、美濃部達吉等ごく一部の有識者らは、天皇制につき冷静な評価がを下していた。
    しかし、その他大衆は明治時代に元勲らが自らの特権保全のためでっち上げた「皇国史観」に支配されていた。支配者らは、議論深化により大衆が覚醒し、天皇制の虚構が暴露されらことを恐れた。

    また、このことは現在でも当てはまる。
    根拠不明の「国際環境の厳しさ」を喧伝、強引に戦争法案を可決した。
    その結果、米国のJapan handlerと軍事産業、わが国内の米国盲従派だけが経済的利益を享受するのである。「中国」「中国」と騒ぎ立てることによる冷静な議論の回避。その裏にある狡猾な策略の狙いを見定めることが、主権者たるわれわれの任務である。

  7. 【3875692】 投稿者: 不生産的労働者  (ID:uM1aPauhv1s) 投稿日時:2015年 10月 16日 14:56

    宗教評論家の丸山輝雄氏は、次のように述べている。
    自民党の憲法改悪の狙いをまさに言い当てている。

    「日本は、帝国主義国家ですからね。帝国主義国家の利益に従って戦争ができる、法律的にも国家体制においてもできる状態をつくるというのが改憲の目標です。そのこととの関連において天皇というものもまた意味を持つわけでね。帝国主義戦争を遂行するためにこそ天皇に意味があり、人権制限に意味があるのですね。無制限な人権を認めたら戦争遂行はできなくなる。国家目的に反しない限り人権を認める。国家目的を神聖なるものであると意義付けるために天皇を使う。
    つまり帝国主義国家の理念を天皇によって神聖化するんです。これが改憲の目的でしょう。
    『天皇制批判の思想』より」

  8. 【3875743】 投稿者: 冷静にかんがえると  (ID:4ngES7eM77E) 投稿日時:2015年 10月 16日 16:41

    ひまわり さん
    紙つぶて さん(お久しぶりです)

    >今は「歴女」さんたちが盛り上げてくれて、、、そうそう、今、刀剣乱舞というゲームがはやっているそうですね。

    あ、そうなんですか?
    元々はプレステの戦国何とかというゲームの流行が発端でしたっけ? 戦国武将らをキャラクターにした対戦ゲームだったかな、、でも飲み会などでうちの若い女性たちに、たまに古事記の話などを振るとドン引きされますね、古代史の方がロマンがあると思うのだが、、

    >鉄と農業と瀬戸内と、吉備は相当な力を持っていたと思うのですがどうしてヤマトにとってかわって新たな王朝を起さなかったのでしょう?水谷氏の新書にも書いてありましたが、「力」よりも「血や皇統」が重視されたのはどうしてなのでしょう?

    既に吉備は新羅との独自の通称ルートを有していたから、独立独歩、つまり大和に臣従しているという自覚自体がなかったかも知れませんね。それでも河内系末期、雄略天皇の御代では吉備の田狭の裏切りが書記に記されていますが、直接の原因は妻である稚媛を奪われたことが原因。でもその子の星川皇子は清寧天皇の即位に際して反旗を翻しています。吉備軍の応戦むなしく(間に合わなかったのか?)、結局、異父兄の磐城皇子とともに滅ぼされたとあるが、、

    ひまわり さんの指摘される>新たな王朝<という視点で捉えると、わたしは同じ山陽道系の豪族として播磨の存在が重要ではないかと思います。播磨、吉備間では既に新羅との通商ルートを確保していた吉備に抗することは不可能、従って河内、吉備間の通商に税を掛けるようになる(文石小麻呂の通行税など)。結局、雄略天皇によって征討されることになるのだが、実は顕宗、仁賢両天皇は文石小麻呂の遺児ではなかったか(表向き謀殺された市辺押磐皇子の遺児ということになっているが、、)。後に顕正天皇がみせる雄略天皇の御陵に対する「暴挙」もそれを裏付けることになる。ゆえに武烈天皇に至る播磨系が河内系に取って代わった王朝交代があった、という見方もあるようです。

    >冷静にかんがえると様。読むのが亀のようにのろくて申し訳ないです。

    いえいえ、お忙しいでしょうからお気になさらずに。
    上記のような前提に立つと初期大和から継体天皇に至るまで、河内系→播磨系→そして継体近江系という具合に王朝交代が為された可能性も捨てきれないのだが、その間の「人間」模様をみると、戦国時代以上のロマンがあるように思えます。「歴女」な人たちもこの時代に目を向けてくれないかなあ、、なんて期待してみたいですね。

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