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【3871615】歴史はロマン

投稿者: ひまわり   (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 11日 13:59

古代史の理解を広めていきたいと思います。
仮説であってもその刺激感がたまりません。

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  1. 【3881008】 投稿者: 日教組  (ID:YLdrcSQO78.) 投稿日時:2015年 10月 22日 15:51

    二俣川さんは、かつて教壇に立たれていたのですよね?

    どれ程嘘を教え込んだのだろう…

  2. 【3881482】 投稿者: 冷静にかんがえると  (ID:jriKmEMCNcI) 投稿日時:2015年 10月 23日 07:16

    >古代は人が半島から日本に渡ってきたイメージが強いのですが、反対に渡っていった日本人も多かったのですね。半島のいくつかの古墳は日本の古墳をモデルにつくられたお話に驚いてしまいました。

    前の「女性宮家」スレで書きましたが、朝鮮半島南部の栄山江流域で発見された前方後円墳は、いずれも5世紀末から6世紀頃のものだそうです。時代でいえば三国時代ですから、当時の百済に集中していることになる。被葬者が倭人か地元有力酋長かで争いはあるものの、墓式のみならず刀剣、甲冑などの威信材から倭国の影響を受けたことはほぼ明らかではないかと思います。

    例の好太王碑より百済・新羅は倭の属国であったとされていますが、そうでなくとも任那を通じてかなりの影響力を有していたことが書記の記述からも伺える。
    百済とは高句麗との闘い以降、白村江の敗北までかなり親密な軍事同盟(的)関係があったのではないか。その過程において、朝廷から軍事武官として重臣らが百済に渡っていったと考えられます。ただ、墓式は格式とほぼ同義だと考えられるところ、これら重臣がいわゆる朝廷の「臣」であるか否かは、上記、被葬者がどのような人物であったかが鍵を握るとも考えられ、宋書にいう倭の五王の比定にも関わる、この時代の面白さではないかとみています。
    日韓の共同研究の進展に期待したいですね。

  3. 【3881642】 投稿者: 紙つぶて  (ID:O9lWMkZTqD2) 投稿日時:2015年 10月 23日 11:27

    冷静に考えると さん、
    ひまわりさん、

    >日韓の共同研究の進展に期待したいですね。

    ここは、両国とも「属国」といったワードにパブロフのイヌ化せずに、古代の謎を淡々と解いていって欲しいものです。
    でも、一方で古代史のロマンに浸っていたい気持ちもあるのですよ。

    古代史は、「女性天皇(推古)」から連想するたおやかさよりも、大王の継承問題や豪族の覇権争いから連想する血生臭ささの方が脳内を巡りますが、謎とロマンに最も魅了される時代ですね。

  4. 【3882094】 投稿者: ひまわり  (ID:X6ul3.iABMU) 投稿日時:2015年 10月 23日 22:12

    携帯からです。
    こんばんは。

    冷静にかんがえると様
    紙つぶて様

    レスをありがとうございますm(_ _)m
    土日はゆっくり出来るので、その時にお返事させて下さい(^o^)/

  5. 【3882301】 投稿者: ひまわり  (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 24日 07:25

    おはようございます。
    昨夜は携帯からでもその日のうちにお祝いを申し上げたく宮家スレに言ったのですが・・・。
    すみません、ここで先に書かせて下さい。

    昨日眞子内親王殿下は24歳のお誕生日を迎えられました。
    眞子様、お誕生日おめでとうございます。
    イギリスのレスター大学大学院で博物館学を学ばれ、先月帰国されたばかり。
    日本よりは自由におすごしになられたイギリスで、学校を通じて多くのことを学んでこられたと思います。この先は学生と言う時間感覚ではなく、社会人とおなじ同じ時間感覚で様々なことを学ばれ御公務に挑んでゆかれることと思います。
    お若い眞子様には多くの御公務が押し寄せるんだろうなあ。
    ・・・宮内庁にはこの皇族方のご公務のあり方については、よくよく気をつけていただきたい。

    これはうちの娘に言いたいことでもあるんだけど(あっ、自分自身にも)、時間は24時間しかなく、どんなに忙しくても暇は自分でつくるしかありません。
    でも、その時間を作れたら、そりゃもう楽しめます。その時間をおおいに楽しんで欲しいですね。
    今日は半ドン、では行ってきます。

  6. 【3882875】 投稿者: ひまわり  (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 24日 20:02

    こんばんは。

    冷静にかんがえると様

    >大きな共同体をつくる必要(性)」というのは、そのような意味で、ひとつには体制維持の為の正統性(権威と皇統の連続性)、そしてもうひとつは、隣接する異質な共同体に抗するための自己主張ではないかと考えます。つまり自己の存在根拠をそれ以前の記録(史)に求める行為自体が、「歴史の編纂」、この場合は「神話を編む」ということに赴かせると考えられるのではないか。そこには何というか、、スレタイの「ロマン」とともに「ダイナミズム」も垣間見える気がします。

    海の向こうの大陸にある大国の存在も共同体を必要とする理由であったのかも。
    古代の人々は大国の存在を知っていて、この島国が大国に飲み込まれない為の術を考えていたのではないかと。

    私の勉強不足をさらすのは恥ずかしいのですが、例の魏志倭人伝、今まで邪馬台国の箇所ばかりをみていたので、倭国の風習や当時の日本人の様子がたくさん記されているのも今回初めて知りました。
    葬儀・拍手のようなものなど今の日本に通じるものが多くあって驚きました。
    もう一つ驚くのは古事記に書かれている事が魏志倭人伝も描写されていると言う事です。
    古代から日本人は魏志倭人伝に紹介された風習をずっと続けている事。
    そのことを記載している古事記と魏志倭人伝が同じ事を伝えている事。
    古墳にしてもそうですが私が思っている以上に日本列島と大陸・半島の交流があった事を今更ですがすごく感じ入っています。
    点でしか見ていなかったことが線で繋がることの感覚は痺れてしまいます。
    日本人がどうやって形成されていったのか?
    倭国と皇統に、王朝交代説という単純なものではない何か大きなものを感じます。

    ノロノロと「継体天皇と朝鮮半島の謎」を読んでいますがもうすぐ磐井の乱にはいります。中央政権が磐井を攻めた直接の原因を水谷氏が説かれているのでしょうか?
    楽しみです。

  7. 【3882878】 投稿者: ひまわり  (ID:qDrhhjOE7IY) 投稿日時:2015年 10月 24日 20:03

    紙つぶて様

    >でも、一方で古代史のロマンに浸っていたい気持ちもあるのですよ。

    仰るとおり、歴史解明の為に淡々と調査を進めてもらいたい一方で、邪馬台国の所在がわからないほうが、より古代ロマンに掻き立てられますよね。
    全てが判明するよりも、かゆい背中に指が届くようでギリギリ届かない切なさが歴史探究心には必要なのかも。

    とにかく、日本もお隣の国々も歴史にロマンをもってほしい。
    特に、古代史は今の国家間の意識で調べて欲しくはありません、お互いに「今」を忘れて、はるか古代に思いを寄せて・・・とにかくロマンロマンです。

  8. 【3882888】 投稿者: 必死だな  (ID:dVFMv1cVdXg) 投稿日時:2015年 10月 24日 20:16

    とにかくロマン、よくわかる。
    トンチンカンで上から目線のフタマータには、理解できないようだ。

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