アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1194124241
ある板橋区の私立の進学校の実態です
教師が暴力を振るうことは日常茶飯事のようです
NHKで出生前診断のドキュメントやっていました。
以前は羊水検査でしかわからなかったことが血液検査で遺伝子異常が簡単にわかるようになったそうだ。二組の夫婦が葛藤の末に産むことになったのだが・・・・・これはとても難しい問題だと思う。
子供が欲しいのにできない夫婦・・・・・出来ても何らかの障害が見つかった夫婦・・・・五体満足なのだが・・・・・親の望むだけの能力や学業成績が上げられない子供を持った夫婦。
単純に本能に従って子育てしている?・・・鴨と同じならどれだけ気が楽だろうか。
皆さまのリーダー論、興味深く拝読しております。
会社でいろいろなリーダーを見てきましたし、なるべきではなかったようなリーダー(の職位にある人)に苦労したことも多々あります。
・野心があること。
・人間が好きなこと。
・誠実なこと。
・使命感が強いこと。
・あるところで冷徹になれること。
私が最低条件を上げるとしたら、こんなところですかね。
あまり物知りで評論家気質の人は、リーダーに向かないような気がします。
あと、修羅場で逃げる人は最悪、かな。
専門の能力が高く、カミソリのような切れ味で、なおかつ人間的に尊敬できる、という人は、ときに大リーダーになるけれど、たくさんの部下を持った瞬間に輝きを失う場合があり、難しいですね。
多少、隙があったほうがいいのかも知れません。
安定した組織であれば、仕事をしていくうちに、次の指導者はあの人だろう、というような相場観が共有されてきたりするのですが、こう変化の激しい時代だと、そう悠長にリーダーの成長を待っているわけにいかないこともありますね。
生まれながらのものかどうかはわかりません。しかし、ある種の野心が無いと、リーダー業は、きびしいと思います。
地域、時代様
リーダーに関するお話は、そのような傾向にあるのかもしれませんね。同意する部分が多々あります。
前コメで伝えたかったこと・・・
私も時代様同様に、気質は「生まれ持った」感性だと思っています。しかし、生まれ持った(先天的)=「全て遺伝因子」ではありません。(動機様と時代様のやりとりを拝見してちょっと気になったので)
生まれ持った=「遺伝的に」or「遺伝因子以外で先天的に」備わった感性です。多くの方が混同されているように感じています。橘氏の著書では「知能の70%は遺伝で決まる」と述べています。これは、「親子間の一致率が70%である」と誤解させる表現だと感じており、勝間さんが「遺伝子決定論じゃないか」と意見されていました。例えば、「記憶力が抜群にイイ」等の一致率であるなら誤解されていても問題ありませんが、精神疾患の親子一致率と誤解するなら、偏見に繋がりかねないと感じています。
身体能力は遺伝率が結構高く、「知能」(大雑把の表現ですが)は、身体能力に比べて半分以下であること・・・我々は、得てして身体能力と知能を同じ遺伝率だろうと意識してしまう傾向にあるのではないでしょうか?血液型は遺伝率99%ですし・・・。
まぁ、知能や気質に関して、実質的に検証は不可能ですし、各々が主観的に判断すればよいことなのでしょうね。
ちなみに、遺伝率は、遺伝因子が成長過程で得た環境因子の増幅部分も織り込み済みの率です。好きなことに興味を持ち資源を投入するというフィードバックを織り込んでいるとのことです。
企業人様が実感を伴って端的に述べられた条件は、説得力がありました。私自身リーダーとは無縁の人生ですので皆さんの意見が新鮮に感じられます。
動機様
鴨の話が出ましたので。
以前書きましたが私はインコを飼っていまして、かかりつけの動物病院があるのですが、そこには毎年野鳥の繁殖期に
なると、よく巣立ちしたばかりの若鳥がもちこまれます。
スズメやシジュウカラ、ムクドリ、ヒヨドリ・・・いつだったかカルガモの雛も入院していたことがありました。
その多くは親が近くにいるのにもかかわらず、人間が迷子と勘違いして拾ってしまうケースですが、なかには
生まれつき障がいをもっていて、例えば足が曲がっているとか片翼がもう片方より小さいとかなんだそうですが、
親に見捨てられたらしい個体もいるそうです。
私は家庭でも繁殖を試みたことがありますが、飼い鳥で餌は豊富にあるにもかかわらず、親鳥は生まれつき弱い雛には
餌を与えなくなります。より強い子孫を残そうとする本能(?)は飼い鳥の歴史が長い種類にも残っている
ようです。
ある意味ものすごくシビアです。
そこで人間が不憫に思い、親から離して人工育雛することになります。今は鳥の医学も随分進歩してまして、生き延びる
確率はかなり高くなっています。
あくまでも鳥の話ですが・・・余談失礼しました。
わたしはリーダーシップは生まれつきだとは思わないです。
思わないから、リーダーシップ面で主に良い教育が提供できるであろう、私立中高一貫の進学校にこどもを入れました。
しかし、入れてからき気づいたところでは、なるほど、東京の私立の進学校は、効率とは比べようもない優れた教育はしているが、所詮は、どこの教育も「マスプロ教育」。その限界点があるので、決して、学校に「丸なげ」できるような実態にはなく、家庭教育はじめ、友人や社会の大人から「刺激」@「エキス」をもらって自分で進歩しなければいけない環境にある。学校以外の要素は30%はありそう。
わたしは、日々の仕事ではつい5年ほど前までは、個人戦で仕事をしていて、給料は専門的な仕事としてもらっていて、その専門性を誇りにしていました。(その分、決してリーダーシップなどは期待をされてはきませんでしたが、上場企業役員平均以上の給与はエンジニア・研究者としてもらっていました)
今は、教育や指導力の発揮が益々求められて、声をかけられるようになって、変化に驚いているところです。それはリーダーシップがわかり、ひとを育てられる、指導できる人が、グローバル化と裏腹に、時代的に少なくなっているからではないかと想像しています。(みなさん、英語ができること、表面的なコミュニケーションがグローバル化への対応だと勘違いしていたりする。)
結局のところ、グローバル時代で生きる力とは、資格や・看板でリーダーになる力ではなく、仕事でリーダーシップを取れる影響力・実力なのではないでしょうか、と考えています。































