アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
量的さん
> みんなでやる仕事も、それをいくつか分解して、一人でも多くの人が早く帰れたり、仕事が偏らない様に平準化する作業を、瞬時に(絶えず)できることが求められていると思います。
量的さんと同じ認識です。
裁量労働制の導入に伴って、メンバーの自律性を強化する必要が出てきた分、マネジメント側に要求されてくるのは量的さんのご指摘どおりだと思います。
またMBOの運用を適正化するため、定性的な仕事の定量化を図る上で役割や能力に応じて仕事の分解をしていきますね。
無常感さん
> 文系の職場は、簡単には分解できないですね・・・特に、私の職場のような本部系の高学歴集団は。
概念的に棲み分けが難しいから、えてして仕事の押しつけ合いになってしまう、個人主義ではダメです。
それは制度運用上の問題です。
本部系だとか高学歴集団といった要素が問題にはなりません。
ここはマネジメントや制度構築の経験がないと理解できないかもしれませんね。
無常感様
私は生まれた頃から自分の大きな夢を持つまでは私も教師になるのかな、、と思っていました。
実際に、ここでも書いているように、中学校では不良達とワイワイやりながら(私こそ、不良であると言われたかも、、)生徒会を運営し、先生達とガンガンぶつかっても「私らの学校やで!」的な生徒で、「学校」という一つの集団の中で体育祭、文化祭、いろんな事をみんなでつくり上げる事が大好きでしたから。
うちの母は私学助成の事を「公費助成」と言っています。
おそらく、古い世代の教師達はみなこのように呼んでいると思いますよ。
公費助成金の一部として私学助成がある、私はこのように捉えております。
法的な問題で考えても私は受け取って当然だと思います。
理由は
日本では「小学校、中学校」までは義務教育です。
親は子を小、中に通わせなければいけない「義務」がある。
義務ですよ。義務。
「行かせたくない」って、言えないのです。
なのに、私立小、中学校は「存在する」。
私学が私学助成金を「私学が貰うのはおかしい」と、する論が通るのなら、国は「私立小、中を認めてはいけない」のですよ。
でも、認められています。
「義務と権利」この事をものすごーーーく単純に考えても、国が私学の存在を認めているのですから。
私には無常感様のおっしゃる事は「感情論」としか思えないのです。
特に「お受験私学に私学助成金は必要なのか?」と書かれてしまえば、どう誰が考えても「線引きはどこになる?」というシルバースプーン様や私の疑問にぶち当たる事になるのは当然だと思います。
公立一貫は良いことだ さま、
大学のあり方の問題は、ここ数年わたしも問題意識を持っています。
まったりと書かせていただきます。2つに分けて書きます。前半は、わたし個人の基本の考えと認識。のちの2つめに予定の投稿で、「そもそも論として私学・公立というよりも大学の在り方自体に問題が あるのではないか・・・つまりそんなに多人数が進学する価値があるのかと。」という公立一貫さんの問いに、わたしなりに向き合おうかと思います。
毎度の思いつきで書いただけの乱文で失礼をいたします。大学のあり方の議論にご興味のない方は、スルーください。
まず、歴史的文脈などから考えはじめると、大学という組織の前身は簡単には2つあり、
(1)ランス、オルレアンなど司教座附属教会学校で、教養アル聖職者を教育して送り出すという具体的ニーズのものに出来た神学系学校
(2)ボローニャ、ラヴェンナ、ローマなどのローマ法を土台とする知識および関連議論につきローマ教皇対王権のせめぎ合いの中での
ブレイン/法律の事務方のニーズで出来た法学系統の学校
があります。他にサレルノ大学(医学)などありますが省略します。
その後、十字軍の失敗と教皇の権力の相対的な低下を背景にして成立した王権の強大化の流れの中で、さらに大学は世俗的な王権などの権力側で改めて整備され、13-14世紀にニーズに応えました。(歴史的な事件としては、1303年アナーニ事件関係などです)法学部がクローズアップされ、神学→法学に世間の関心が移り、花形学部が変化します。
通う学生の立ち位置では、まさに歴史的なホットスポットとなる部分で、職を得て出世をしていくイメージでニーズとしてあり、大学の前身および大学という組織が成立している。一の時代も同じです。当時、本の値段が大学教授の最高年棒の半年分位も高く、学校でまなばないと勉強できなかった環境があることも重要だと思います。実力を付けるには、大学のようなものを利用することが有力な時代です。しっかりした大学に行く目的が、極めて明確に存在する時代の中で、大学は活動しています。(昔も今も、教育にも膨大なコストがかかるので、当然ですが貧しいヨーロッパ中世ではなおさらニーズがなければできない決断でしょう。)その後の絶対王政の時代や、市民社会時代/資本主義の時代における大学とは、都度ニーズの変化を受けて、巧みに進化しています。1750年代にいち早く産業革命を成功させたイギリスをはじめ、容易に想像できるように理工系の学校、大学学部のニーズが当然のようにあって、大学は守備範囲の拡張を行っています。
さて、欧米から明治期に大学という制度を取り入れた日本では、藩校や寺子屋あるいは学問所という身近なニーズによる学校が別途にあり、それらを踏まえたりしながら、大学は国家のために働く世代要請の為に官主導で作られたり、藩士の武士などが開設した学校がもとにのちの私立大学になったりしています。大学の価値は総じて高い時代です。そのときには、文系学部も工学部も理学部も品揃えとして短期間に次々にできています。また、軍事的な子果敢競争もポイントである中では、軍人の養成のための高等教育機関も、合わせて発達。経済恐慌などで、大学はでたけれどという時代を除き、しかるべき学校を出るルートは社会で位置づけを得るルートとして定着しました。戦前、例えば昭和10年代でも受験の競争は大都市中心に華盛りでした。
第2次大戦後は、大学は世界大戦という未曾有の戦争の反省、そして共産主義や社会主義の洗礼も強く受け、「学問の自由」という部分での独立姓を強めていました。同時に戦後の復興と共に、産業界のバックボーンとなる理学、基礎的工学研究の拠点・学問の府として位置づけられた。やがて、高度成長が産業主導に実り、国際的な地位の向上がなされるももの、さらに時間画経過して、日本の奇跡の経済成長の度合いも頭打ちになり、各種のショックが襲う中で、国家の財政収支も悪化して行き、国家からの補助が段階的に減り、独立法人として採算性を求められました。受益者負担というところの様相が強くでた。
また、同時に理工系分野では、産業界や独立の国の研究機関が大学研究を質量共に圧倒する分野も多くなってきて、文系、理工系ともに、日本の大学の相対的なValue が下がる様相の時代が出てきた。大学院大学とか、教育に特化する大学とか、の発想の流れになると、就職を謳って学生数を確保することが、ますます第一義になり、その結果の一点で学生も大学のランクを推し量る流れが強く出てくる。大学でしかできない学問って何か、との問いも出てくる。結果主義・実力主義で系列を問わずとなれば、大学の価値が改めて問われるのは当然で、価値が問われれば、カリキュラムの改善は目指すモノの、手っ取り早くは、今の大学のあり方のママで、より優秀な学生を入れようと、秋入学を模索する動きも当然でます。留学生しか大学レベルを維持できる頼みの綱がない時代(国内野高校卒業者にマスとして頼ることができなくなった)(*) この局外にいたかに見える医学系、あるいは歯学系学部であっても、全体人口の現象の中で、医師・歯科医師の過剰や偏在問題などもあり、徐々に激務での厳しい競争環境のあり方が見え始めてきて、存在の仕方に、発想の転換/工夫がますます求められている。
今、私立も国立も授業料が、大きな目で見れば大差が無いような世界になっています。(除く医学部)・・・この中で、今、大学に行くとは何なのかが、改めて問われていますが、時代が変わっても、就職の有力なキャリアパスという資格のValueの部分と、将来に産業社会あるいは官公庁の役所・研究機関、あるいは大学で求められるような高度な知識・見識の学習・習得という、ターゲットとなる社会に通用する実力養成のValue は不変であり、これらに集約されるのではないでしょうか。
このうち、グローバル化して、企業も学校歴を本質としては問わない(実力あれば取る)世界にどんどんなる中で、政府の側と学生を持つ家庭の側の両方の視点から見て、改めて大学とは何か、どう位置づけるべきか、が、今奈良ではの、大事な議論だとの思いです。情報通信、経済、法制度のグローバル化は、大学のあり方をも変えます。(続きます)
(*)早慶、東大の先生方は、留学生の方が今や日本の高校卒業よりも素質もあり勉強していることを認め、そちらに期待をしている。生ぬるい、環境でぬくぬく学習しているのは非難には当たらないが、確実にグローバルでの学生間の競争が現出しているなかで、日本の高度成長期都同じほど、勉学に励むアジアの学生に、日本は太刀打ちできなくなっている。
<公立一貫さんWrote >
そもそも論として私学・公立というよりも大学の在り方自体に問題が
あるのではないか・・・つまりそんなに多人数が進学する価値があるのかと。
かつて日本の産業を支えた層は、当然現場職で対応する高卒生(私の印象ではきわめて優秀な人材が多くいた)
・・・商業高校・工業高校の優秀層を実学教育で育てて、物づくり日本の基礎となし、農業高校と水産高校をでて日本
の第一次産業を育てた。このような産業モデルが日本ではやはり本筋なんだろうと思うわけです。
とはいえ、産業構造の変化により、かつての高度成長一億総中流意識を持てた幸せな時代の再現はもう無理なんですかね~
私自身今後日本の農業について積極的にかかわっていきたい希望があります。






























