アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
動機さん、企業人さん、
世界の競争環境と若い世代の知的状態との乖離、の問題意識はほとんど同じです。日々、仕事をしていても強い危機感を持っていて、採用のシーンでも何度か再確認させられています。
その状況改善の第一歩には、確かに、時代の流れと生徒の個性に合わせたプロアクティブなアクションリストが、あらゆる層について、必要です。
しかし、わたしは、フォアグラ用の鵞鳥にえさを詰め込むようなやり方での基礎学習の押しつけ、繰り返し学習の強制をしたとすれば、それらは対して優秀層には効果がないのだろうと思います。(ドイル学習の全否定ではないです。念のために。強制一色のようなカリキュラムになったとすればです)
ではどうすべきかというなら実際、高校生と向き合って見たときに思うことは、モティベーション不足や世界の動きへの注意深い理解の欠如、切迫感のなさなどです。これらは、現状の教育では仕方のないことで、生徒自身の問題であるとともに、大人の問題でもあると思います。
アプローチは2つあり、
1)マスプロ教育の発展的な側面での見直し
→ 生徒のレベル把握、ニーズ把握と施策/教育効果の定量的分析(徹底した)
絡めて行うべきこと
(これは既に多くの学校で、少しは行われはじめていることかもしれない)
2) 徹底した個別学習への応用展開/進化
→生徒の個人目線に完全にたってみて作り込むこと
→広い視野での全体の学びの習慣や誌応力・学習方法の基盤構築
(生涯学習にも、やがて繋がる土台)
だと思っています。
蛇足ですが、私自身の家庭学習による学校の勉強を補完するような教育サポートとは、完全に後者の目線で、すなわち個人のキャラを想定・尊重して作り込んでトライを目指しています。
これはわたしにとっては”実験”で、大人数での教育にも成立させられるかは判りませんが、わたしの感覚では、電子教材や様々なテクニックが進めば、いずれ将来には、歴史的とも見える大きな変化の程度で実現可能になるだろうと思います。
ある意味で、これは中国や新興アジアとはステージが違うアプローチです。5-13億人がいて発展に勢いがある歴史段階のかれらと、すでに下位層切り捨て御免の教育をすでに放棄/卒業してしまって後戻りできない日本、実情の違いは注意深くプランに取り入れるべきだと考えます。(理由:上位にフォーカスすれば下位層が置いて行かれる厳然たる事実がある。これが少子化時代の日本では、無視し得ない)
上の数量をふまえたコメント参考になりました。
下の小ネタですが、
こちらに集う方々はそれぞれの教育方針をお持ちで
自分の家庭の教育については、それぞれの選択を納得されているのでは
ないかと思っています。
それを踏まえたうえで、教育全般を語っていると
だからこそ、熱く語れるんじゃないないかなとも感じます。
>すでに下位層切り捨て御免の教育をすでに放棄/卒業してしまって後戻りできない日本(量的さん)
下位切り捨てご免教育の見直し、ゆとりの見直し
今後戻りできないというのはとても危険だと思います。
日本のそれぞれの子供の教育に配慮を目指すべきだと思います。
未来さん、
コメントありがとうございました。
わたし自身は、様々なテーマの具体的な切り口に対して、いろいろな数字を自分で確かめたり、自分の思い込みだったりを、他の方々の意見・よい議論を通じて修正したり、絶え間ない動的な作業を繰り返して自分の意見が大分変わったと認識しています。
もちろん、未来さんや、地域・時代さんなど直感に鋭いひとからのコメントを含めて。
それとロジックからと両方で考えていくようにしています。
よって、私の場合は、そんなに確固たるものを、想定してはいません。
選択が正しかったかどうか、納得できるかどうか、は難しい作業と思っております。
実際、わたしは棺桶に入らないと、自分の人生の全体像までは見切れないと思うし、継続性まで考えると、自分のやったことが、子や孫にとってどう影響して実際どうなるのか、(→これは先のスレッドで動機さん、企業人さん宛に掻いた、中期の危機感につながるもの)という非常に大きな関心のひとつまで、納得感あることがでてこないなあ、との見通しです。
他の人よりも、”しつこい”気質、タイプなのでそういうことになっている面がありますが。
・・・いずれにしても、とても良いコメント、改めてありがとうございます。
<未来さんWrote>
下の小ネタですが、
こちらに集う方々はそれぞれの教育方針をお持ちで
自分の家庭の教育については、それぞれの選択を納得されているのでは
ないかと思っています。
未来さん、
たぶん、未来さんとは、いつも同意見でしょうね、この部分。
切り捨て御免に戻るのは、賢くないと思います。
わたしが公立中学校や高校を評価しているのは、徐々にでもそういう部分を改善したこと、また私立の進学校も、底上げという言葉を使って慎重にかつ信望強く、中位下位層を手当していく作業をしていること。
これを評価してあげないければ、教育に関わる方々は、やり甲斐ありません。
勿論、塾の産業の方々もこういう部分は貢献していると思っています。
(なんといっても少人数の塾(近所の塾などですね)は他のマスプロ教育では達成できない、ケアをしているのですから)
わたしは、誤解を恐れず②言えば、ゆとり教育は、生徒によっては悪くないことだと思っています。一方で、勿論、詰込みと評される部分も必要になるところがある。(特に理系) 注意深く、メリハリが結果としてついた提供内容の工夫、これが、おそらく仕上がりのイメージですね。
>すでに下位層切り捨て御免の教育をすでに放棄/卒業してしまって後戻りできない日本(量的さん) 下位切り捨てご免教育の見直し、ゆとりの見直し
今後戻りできないというのはとても危険だと思います。
日本のそれぞれの子供の教育に配慮を目指すべきだと思います。
未来さん、
わたしが最近書いたものなどから、未来さん向けにまとめ直すと、
1)公立中→公立高、あるいは公立中高一貫コースともに大学受験では、私立に遜色ないコース。
(親として公立ルート選択を自信もってして良いはず。)
2)私立を選んだ人のプラスαの部分は一方でたぶん、皆無ではない。ただし、公立ルートからみた場合には、それらの部分は、昨今では、様々な形で公立ルートの生徒にも応用可能だったりするので気にするほどでもない。
3)公立一貫中学の倍率はかなり高く、そのために合格・不合格には、適性の検出力が
無い可能性もある。このためのリスクを、入学後に背負う。この部分は教育上の過大になるはず。
(cf.生徒さんの学力幅の問題など)
(理由:倍率が高いと、偶然によって点が取れるひとが、結果として合格するという可能性が増えるため)
4)公立中高一貫校がダメなら公立中学→公立高校という別ルートをとる戦略は定着する可能性がある。(この部分、チャレンジは致命的ではなく不合格でも低リスク、とわたくし個人は考えます。)
5)公立と私立の行政側の扱いは年々差がなくなっているように見える。その事情を反映して、一方で経済的に私立に行くハードルそのものは低くなっている。私立対公立という構図はさらに位置づけが低くなると考えられる。
・・・それから蛇足ですが、そんなに、私立中学が、公立中高一貫に完全に実績をさらわれてしまうとも思いません。東京では長年、授業料が高いにもかかわらず60%以上が私立であることは継続努力の証左としての指示の高さですし、上で書いた 4)の実績向上が顕著になると、都立トップ高/国立2校の数字がむしろ同じ公立ということで減少する可能性もありと、わたくしは見ているためです。
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