在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
親父さんは弱気に優しく、強者に強い、、みたいな部分はあるような気がするんだけど、なんか、ちゃうのよな~。
どこがちゃうんやろ?
適性様が出てこられて、ハッと気がついた。
「本の話をしてるのに」(本の中には、恵まれない子に~なんて話は一切出てこない)、なのに「そういった気持は必要ないんですか?」ってまた、私は親父さんにからめとられる所だったんですよ。
私は物の考え方が適性様の足元にも及びませんが、とりあえず、論理的に考えたい。と思っています。
その論理的に考える部分を、感情論で責めてこられるから、「私の頭の中がくらくら~」ってしてくるんですよね(笑)。
今回は、前段階で「本が手元にない」って言われてたから
「 ムカッ (゛ `-´)/ 」とはきてないです♪(適性様、使わせて頂きました)(笑)。
そのパブリックスクールの本、読んでいないんだけどひと言。
ピントはずれだったらごめんね。
芸術や文化的なことは、幼い頃からの環境で、またひとりでも身につけられること。
(もちろん師匠は必要だけど。オケは例外)
でも多くのスポーツはひとりじゃできないんだ。
そこでスポーツを通して、他者と関わりあうなかで、さまざまなことを学ぶ。
なのでスポーツというか、日本でいう体育会的活動が重要視されている。
よって芸術や文化に関わることについては、スポーツほど学校生活で目立たない。
ゆえにその本ではほとんど触れられていない。
ってことが背景にあるんじゃないかな~、なんて。
ってこともあり、パブリックスクールを意識した学校では、
国により好みはあるだろうけど、ラグビーなどの団体競技が花形的存在。
海外留学を意識する家庭は、スポーツでも個人技ではなく、団体競技を子供にやらせる。
よって芸術や文化に関わることについては、スポーツほど学校生活で目立たない。
ゆえにその本ではほとんど触れられていない。
ってことが背景にあるんじゃないかな~、なんて。
↑
遺伝様
なるほど、そうかもしれませんね。
遺伝様のおっしゃる事でつじつまがあいました。
当時のパブリックスクール出身者達の芸術家の伝記の中では「多くの者が、その不幸な学校生活の経験が述べている」と書かれてあるんです。
芸術家になるのだから、どこかでしっかりと学ぶ事は出来ている。
でも、学校では、音楽に少し理解があるだけ、、となっている。もうね、本当にバリバリ体育会なんですよ。
筆者の池田さんはそんなに運動が出来る風には書いてなかったので、非常に客観的にその事が本の中で書かれています。
国により好みはあるだろうけど、ラグビーなどの団体競技が花形的存在。
↑
これも、その通りの事が書かれてありました。
「集団競技こそ」みたいな。。。
個人競技は当時のパブリックスクールではあまり注目されなかったと。
遺伝様の書いて下さってる事と、著者が書かれてる事は見事に合致しております。
すんません、今日は一人でかなり書きこんでしまいました(焦っ!!)
この本を読んでるのは親父さんと私だけなので、しかも、親父さんは本も手元にないので。。
みなさん、この話は気にせずスルーなさって下さいね。
私も買い物行ってきまーす。
>他者と関わりあうなかで、さまざまなことを学ぶ。
>個人技ではなく、団体競技を子供にやらせる。
これをみて、突起のイオンが再び流れ始めました。
どこで、だれと、何について、関わるか
どういう集団に属するか
って、かなり重要度が高いんだな~と。
これまで、絶対的な力(学力、その他 もろもろ)をつければ 何とかなるだろう と思ってましたが
相対的なもの これは力というよりも 信頼感とか 和 とか そういうもの が同時にないと 何ともならないと 思うになりました。
身近なところでは ごまかせても グル―バルには そうはいかないってことですね。
グローバルに信頼を得る、和を形成する
しかし、これって、半端な話じゃないですね。
そうですね、団体競技じゃなくて、集団競技が適切ですね。
間違えました。先の投稿は、そう読み替えてください。訂正します。
>どういう集団に属するか
>って、かなり重要度が高いんだな~と。
あぁ、やっと「私立中学の価値」につながった(笑)
大事ですよね。多感な時期の多くの時間を、どんな人とどう過ごすのか。
それによって学ひ、得ることも当然に変わってきますよね。
何が正しいとか間違っているとかじゃなく、
ただ単にそういうことなのだと。
それぞれが家庭の方針に合った学校へいければ、幸せ。
>バリバリ体育会の学校!というか、軍人の指揮官養成校みたいなものと言っても
>良いのでしょうね。
その通りだと思いますよ。広義のパブリックスクールの起源は中世のようですね。
馬にのって、戦争や小競り合いを繰り返していた時代です。
地道な訓練をし、人をまとめ、戦術を考え、とにかく勝つ。
集団競技はその練習みたいなもの。
その頃はそれなりの家に生まれないと、基本的には学校になんて通えないし。
不定期にマンガのモーニングに連載されている、
チェーザレ ボルジアの、なかなか質が高いストーリーがあるんですが、
そこに体育会の起源はここにあったのね、みたいな話がでてきたりしています。




































