最終更新:

10073
Comment

【2043250】私立中学の価値 2校め

投稿者: ようこそ!書き込み歓迎   (ID:4Xzxz71IPe2) 投稿日時:2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

返信する

管理者通知をする

マイブックマーク

  1. 【2262439】 投稿者: 弱点  (ID:RX25iWH.GzI) 投稿日時:2011年 09月 10日 13:08

    >強力なトップダウンが必要なのですが、日本人は嫌いなんですね、そういう人を。
    そうでしょうか。
    大阪では橋下さんが支持を集めていますし、東京だって石原さん、
    名古屋だって河村さん、負けちゃったけど阿久根市の竹原さんも支持されていましたよね。
    少なくとも将来を見据えて国民、県民、市民のほうを向いていると感じられれば、支持するはずです。
    強力でも待望されないのは、その人の見ている方向が違うと感じるのでしょう。
    メディア次第で国民が選んでしまっているのに、ある程度の独裁を許すのは怖いですね。
    メディアも本来の使命を忘れている。
    国民も誰がやっても一緒と思っていて、見極める目を養えていない。
    政治家も責任を取らされる人はいても、自ら取る人がほとんどいない。
    公務員もそんな感じ。
    責任の意味も分からないならば、偉くならなければいいのにと思います。

  2. 【2262479】 投稿者: シルバースプーン  (ID:tv8ueYyhG/2) 投稿日時:2011年 09月 10日 14:15

    >任せたのに、選んだのに、ぐちぐち言うのが、悪いところですね。

    任せたつもりはないし、選んだ気もしない。
    そういう制度なのでは?

    現状、国の長を選んでいるのは国民ではなく、政治家ですよね。
    首相公選制でないから当然ではあるのですが。
    構造的に「ねじれ国会」になりやすく、
    政策より議員の数合わせが優先されてしまう、という意味において、
    その傾向は顕著だと思います。

    有権者の意思をできるだけ政治に反映させるために

    ●首相公選制(最低でも、首相交代=解散総選挙とする)
    ●参議院廃止(最低でも、今より弱体化させる)
    ●国民投票制(首相のリコールも含めて)

    の方向へ向かうべきではないでしょうか。
    有権者としての自覚を促すことにもつながっていくわけですし。

  3. 【2262517】 投稿者: 制度としては  (ID:7vsHJKI7A5U) 投稿日時:2011年 09月 10日 15:29

    少なくとも総選挙のときは、次の首相は麻生か鳩山かが最大の争点で、
    投票するほうも麻生、鳩山と字では書かなくても、
    そのつもりでやっていたはずなんですがねえ。

  4. 【2262547】 投稿者: 無常感  (ID:lFufs/GO0F6) 投稿日時:2011年 09月 10日 16:06

    老眼さん

    >具体的な統治機構の案にはどのようなものがありますでしょうか?

    色々な方法があるのでしょうが・・

    端的に根拠法である内閣法第1条第2項
    「行政権の行使について、全国民を代表する議員からなる国会に対し連帯して責任を負う」
    これを、「・・内閣総理大臣が代表して責任を負う」などと改正するのが簡単ですね。


    >国政・外交という狭い範囲で言えば、他の国にも「人間しかいない」は同じですが、
    >では、他国には何があるのでしょう。
    >もしかして、ここで神が登場するのでしょうか?

    誤解を受ける表現をしてしまいましたが、私がそこで「人間しかいない」と書いたのは
    「生身の人間」ではなくて、日本人が使う「人間」「人間性」という言葉、概念です。

    肯定的には、「人間性の豊かな」「人間ができている」「本当に人間らしい」・・

    否定的には、「人間とは思えない」「全くに非人間的な」「人間って、そんなものじゃない」
    「人間性を無視している」「人間不在の政治、教育、組織」・・

    日本ではジョーカーのように出てくるこの「人間」という言葉が、最高の法なんですね。
    法律でさえ悪法であれば、ときとして、日本では「人間性を無視した法律」として無視して構わない。

    「オレは聞いてない」それがまかり通る社会ですから、
    人間性を無視しないためにも、日本では「全員一致」が重要視されます。

  5. 【2262555】 投稿者: 未来  (ID:B356RGy62cw) 投稿日時:2011年 09月 10日 16:23

    凡人さん

    本当、早いですよね春からもう秋になりつつあります。

    凡人さんのコメント消えてしまうのですね。
    それはきっとリアルでエデュの中の人でないという
    ことです。
    私もよくあります。

    ユーロ私も困っています。
    もう半分長期で考えなければいけないと思っています。

    イラクのフセインは石油取引をユーロにして潰されたという
    お話も巷でございます。

  6. 【2262875】 投稿者: 老眼  (ID:xbHcF4fjgDE) 投稿日時:2011年 09月 11日 00:16

    無常感さん
    ありがとうございました。
    知らず知らずわたしたちは成文法によって縛りを受けたり開放されたりして想像以上の影響を受けているのだよということでしょうか。あるいは,成文法に基づいてものごとを議論し判断しましょう,ということでしょうか。
    そうしないと議論が進まない項目は確かにあるのでしょうね。でも,どうでしょう。法は生身の人間のために在るのだと思ってましたが,違いましたっけ?法は大事なんでしょうけれど,法が人間らしさを上回るかどうか・・難しいですね。法が人間らしさを上回って存在するときにのみ成り立つ国家を想像することをわたしにはできません。あまり居心地はよろしくないように思うのですが。

  7. 【2262975】 投稿者: 福の神  (ID:DNQ2fQr4k5w) 投稿日時:2011年 09月 11日 08:08

    老眼さん

    先日はお返事ありがとうございました。
    すでにその件は先に進んでいるので、
    >法は生身の人間のために在るのだと
    思ってましたが,違いましたっけ?
    法は大事なんでしょうけれど,法が
    人間らしさを上回るかどうか・・難しい
    ですね。

    人間らしい法というのが、いまひとつ何を
    指しておられるのか分からないのですが、
    法は生身の人間のためにある、ということ
    は、まったくそのとおりだと思います。

    実は、学生時代に習ったことで一番印象
    に残っているのは
    法律学科の学生は、既にある法律を学び、
    その解釈を学ぶ、
    政治学科の学生は、法律を制定する過程、
    その歴史や背景を学ぶ、
    と言われたことです。

    つまり、法律学科は他人が作ったものを、
    政治学科は自分たちがそれを作ることを
    学ぶ、といった趣旨の話でした。

    法律は、その時代背景や、その時々の
    権力によって制定の正統性はともかく
    としても「決められて」いくものです
    よね。

    だから、時代にそぐわなくなったり、
    権力が変わればまったく逆の趣旨の
    法律ができたりすることがある。

    法律の解釈を考察することは大切ですが、
    そういうことになっているから、と
    してしまうのは、ある意味、思考停止の
    ような気がします。

    法律の制定背景を考え、「今、必要な法
    は何か」を考えることが、より大切かと
    思います。

    そういう意味ではシルバースプーンさん
    のおっしゃる制度をどうするかという話
    は、とても興味があります。

  8. 【2262977】 投稿者: 無常感  (ID:5FY3RZe3.dU) 投稿日時:2011年 09月 11日 08:13

    老眼さん

    ご参考までに・・
    法律に対してでさえ、ときに優位する日本独特の「法外の法(人間)」を最初に指摘したのは、イザヤ・ペンダサン(山本七平)の「日本人とユダヤ人」・・です。 

    日本では ①現実の法律 と併存して、②「法外の法(人間)」 があります。
    裁判などでも、① と ② との両方が勘案されて判決が下され、情状酌量、人間味あふるる
    名判決などが生まれます。あくまでも日本人的な価値観ですね・・山本七平氏は、これを「日本教」とよんでいます。外国だったら当然こうはいきません、①だけで判断します。

    >法が人間らしさを上回って存在するときにのみ成り立つ国家を想像することをわたしにはできません。あまり居心地はよろしくないように思うのですが。

    居心地がいいですよね、私も好きですよ・・なんといっても「無常」支持者ですから。
    しかし・・

     「人間」と「人間」が衝突するときにはどうするのか?

    簡単な問題だったらいいですよね、「話し合い」をすればいいわけだから・・
    そして全員一致という体裁を整えて、みんなで決めたことにすればいい。

    でも、難しい問題は、そうはいきません。

    いま、9.11テロから10年ということで、NHKのBSで関連番組を放送していて見ておりましたがそのなかで、4機がハイジャックされて3機が建物を攻撃、あと1機残っていて標的はホワイトハウスか?・・という事態でのアメリカ大統領の悲痛な決断は・・
    自国民が載った旅客機を戦闘機で撃ち落とすことでした。(結局そういう事態にはなりませんでしたが)

    その関連で思いだしたのは、かつての日航機ハイジャック事件で、当時の首相が
    「人の命は地球より重い」と発言して服役犯の釈放を決め、国際的に厳しい批判を受けたことです。「人の命」といいながら、犯人を逃がした後に奪われるであろう「人の命」は視野に入っていないわけだから、外国の方には理解不能だったでしょうね。


    もちろん、国内で日常生活をする分には、「人間」「人間性」重視でいっこうに構わないし、その方が居心地もいいのですが、

    少なくとも、政治、社会というレベルで物を考える場合は、「法外の法(人間)」の支配を離れるべきではないか・・
    そもそも法は人間が作るものなのだから、必要があれば人間が改正議論すればいいだけのことだと思うのですが、「人間性に反する」など理由をあげては思考停止する・・
    その結果、いまだに憲法改正は一度もされていません。(これだけ月日が経っているのだから、改正があってもおかしくないはずですが・・)

    おもしろいのは、8世紀にできた大宝律令もそうなんですよね、
    明治になるまで改正されていない。だから、明治政府ができたときに、大宝律令で定める「太政官」布告が出るわけです。

あわせてチェックしたい関連掲示板

学校を探す

条件を絞り込んで探す

種別

学校名で探す