アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
老眼様
お久しぶりです。
何故、共存共栄が必要だと、私も考えるかと言うと、このような考え方もあります。
そもそも、日本って何でしょうか。日本の歴史は、日本人だけで出来上がってきたものではないと思います。鎖国は
別として、それ以後は、色々な文化が入り込み、いろいろな国の人が生活してきたのです。ですので、別に、日本に
生まれてから、ずっと住んでいるのであれば、国籍なんて関係ありません。
国と国の間では著しい問題があったとしても、個人の子供の間では、それを持ち込む事は、非常に危険であり、生活
に問題が生じるものであると思います。自分も親であるので、そんな事が許される事が、許せません。まず、可哀想
だと思います。
また、今の日本の風潮や、伝統についても、日本人だけで築いてきたわけではないはずです。現に、警察、消防な
どの言葉を見ても分かるように、中国と同じ表記です。いろいろな国の色々な文化が入り込み、そして礼儀と言う
日本にとって大事なものが守られ続けているのです。
ですので、どこの国の人が日本にいても差別がない事は当然だと思っていますが、日本の伝統、礼儀については、
「郷に入ったら郷に従う」と言う言葉もあるように、いろいろな国の人によって、良い環境が作られてきたのですか
ら、その礼儀、伝統をこの国に住んだらどの国の人であっても、この日本を守っていくという姿勢が、一番大事では
ないかと思っています。
遺伝さん、
仰ること全く同意です。
わたしが思うに、日本語の教え方を、主語を省略しない形に変える、明晰な単語を使う(*)、だけでも改善されると思います。国語学者がそういう提案をして教科書に取り入れてはどうかと思っています。
日本語が論理思考に不向き→英語学習といったとすればの行き過ぎです。言語を失った民族は歴史的に滅んでいますね。(日本がそうだとまでは言いませんが)注意が必要です。
会社の部下でも、家庭での会話でも、今言ったことの「主語は?」と聞く異があります。
聞かずに済み、時間節約と共に、彼ら自身の思考が明確になり、実力アップがなされます。
すでに、論理的に考えられるひとは日本語でも主語を省略しない工夫をしている人が多い。
これは、他の人に翻訳対応をしてもらうときも大事な工夫です。
(*)わたしは「情報」と言う言葉、「コミュニケーション」という言葉は、説明なしに極力使わないようにしていますし、基本、使いません。判った気になって、内実の薄い単語なので。
【2304011】遺伝さんWrote
論理思考の話ですが、日本語の構造自体が他の言語と比べると
ある意味合理的でないことも伴って、小中高とかでは、
学校教育でそれらしい訓練はされていませんね。
ラテン語派生系を始めとする少なくない数の言語は、基本が主語→述語→その他、の順なので、
普通の頭があれば、日本人よりは論理思考が得意になりやすいようです。
ちなみに主語→述語→補足の言語、みたいな言語構造の国の国語の授業では、
教科書の文章を読んでの感想なんて意味がないものはまず求められず、
物事をより正確に捉えるために、文章を読み解き、情報を分析する訓練をします。
小学生からずっと。
他人が書いた文を読むには、まず情報の分析が必要ということです。
なんとなくの感想、印象を考えるのではなく、テクニカルな部分の訓練をします。
クリティカルシンキング、ロジカルシンキングと呼ばれるものですね。
試しに子供をロジカルシンキングの講座(小学校低学年用)に入れてみたら、
接続詞と文脈の関係を徹底的にやっていました。
(もちろんもっといろいろやってたけど)
論理思考は、日々の生活のなかで育まれます。
が、日本では学校ではほとんどやってくれないし、
日本語自体がストレートにはその構造になっていません。
優秀な子はほっておいても、普通に日々を過ごしているだけで身につくし、
中受の国語や、以降の英語の勉強をするなかで強化できますが、
自分の子供がうまい具合に、ほっておいても身につけられるかどうかは謎なので、
家庭で意識しておくといいかもしれませんね。
親自身がいつもそういう論理展開をしていれば、たぶん勝手に身につくでしょう。
凡才さん、
よく分かります。うちでも議論ありました。
その意味の「情報過多」は、生徒から思考力を奪うことで、自立的な学習を著しく阻んでいると思います。うちはTVとネットを親の管理下に置いて、自由な使用を禁止しています。
話変わりますが、先日、エコ住宅の展示場にいきました。太陽電池が屋根に敷き詰められ、日差しが強すぎればセンサーで自動的にカーテンがしまります。植物は雨水が循環して植物に水やりの必要はありません。いっしょに行った高齢のエンジニアが言いました。「こんな家に住んだら、すぐぼけるな」まさにそうです。全てが全自動で一日座っていればよいという家で人間は考えなくなります。
別の例では、日本では、自動車もオートマティック車が主流ですが、欧米では今でもマニュアルトランスミッションですね。自分で何とかするという部分を(優れた)欧米人は大事にしています。
流れ込んでくる情報を、意識的にカットしていますね。これは実は欧米人もアジア人も日本人もなく、必要なことだろうと思います。今の日本では、少子化・人口の減少で若い世代を、ビジネスの対象にした今の社会の大きな弊害のひとつですが、大人もこどもも、このような「便利な社会目線」からアプローチにさらされています。対策が必要と強く思います。
【2304060】 凡才さんWrote
私の場合は、携帯を持たない日があったり、コンピューターの回線を切ったりして、自分の中で対応して おります。 なかなか難しい事ですが、子供に対しては、出来るだけ早いうちに、制限をかけていかなければ、入り込んでしまうと、よほど意志が強くないと抜け出せないものだと思います。
>論理思考の話ですが、日本語の構造自体が他の言語と比べると
>ある意味合理的でないことも伴って、小中高とかでは、
>学校教育でそれらしい訓練はされていませんね。(遺伝さん)
日本語でも、書こうと思えば書けるわけですから、
おっしゃるとおり、
英語のように、主語、動詞、目的語、補語などを、丁寧に表現する訓練を、
学校教育できちんとやった方がいいですね。
ただし、法的文章、ビジネス文章、論文などでは・・ですね。
逆に、日本語では簡単に表現出来るのに、
英語(外国語)では、なかなか表現出来ないものもあります。
俳句、短歌などの世界ですね。
古池や蛙飛びこむ水の音
外国人には、この情景が分かるのでしょうか。
日本語には、故意に「主語を消す」言語的手法があるわけですね。
これは、主語 VS 目的語の 西欧哲学の世界とは違うものですね。
未来さん
>負も正も歴史を学ばなけりゃ
本当にそうですよね。
両面知って、初めて判断できるし、身になるんだと思います。
無常感さん
>「世間の見えざる目」・・いい表現ですね、センスを感じます。
無常感さんがいつもおっしゃる「神の見えざる手」のパクリです。某国もあんぐり。
③は、日本が最先端だと思います。たぶん。
でも、そこを称賛するならば、外国だってできますね。
そう行動できる人が一定数を超えれば、同じような社会となるでしょうね。
反対に、日本も一定数を下回れば、いつでも崩壊することでしょう。
今でももう辛うじて…なのではないかと感じるので、
TPPで移民が続々とやってきたら、急速に難しい局面を迎えると思います。
日本はもともと島国なので、せめぎ合いの初心者なのでしょうね。
本当に人がいい。よすぎることに不安を感じます。
量的様
>別の例では、日本では、自動車もオートマティック車が主流ですが、欧米では今でもマニュアルトランスミッションですね。自分で何とかするという部分を(優れた)欧米人は大事にしています。
いつも大変参考になるお話をありがとうございます。
平素は、難し過ぎてコメントできませんが、この件だけちょっと。
ポンコツを2台もっており、どちらもマニュアルトランスミッションです。
日本ではマニュアル率10%といわれています。
エンジン回転を合わせてギアをつなぐ喜び・・・愉しいです。
ドイツのツーリングカーレースでは、エンジン回転を合わせてギアチェンジをしません。
当然、駆動系、エンジンに負担がかかる半面、燃費はよくなります。
日本では、エンジン回転を合わせるので駆動系に負担がかからない半面、燃費は悪化します。メカニカル部分=消耗品と割り切れる資金力が、燃費を優先させ勝利に近づこうとするのか・・・。消耗品とて大切に扱おうとする価値観が、例え勝利に不利となろうとも蔑にできないのか・・・。
勝つことに意味があるのか、勝ち方に意味があるのか・・・・。
離陸さん
>意思決定から実行までのスピード、製品売り上げに寄与する鷹揚技術への集中等があげられます
スピード感が全然ちがいますね。
意思決定が速いと離陸さんが指摘されていますがその通りです。
たとえ、日本がTPPを取り入れてもそれをメリットに取り組んでいける
ような政府ではないです。スローモー過ぎる。
インドでもすごく改革が早くて非常に前向き。
算数は、九九どころかインドの計算も一時日本で流行りましたよね。
韓国のベンチャーはアメリカで学んできた理系の方が
立ち上げてる場合も多く、マインドが明るく
しかも、それを支える国の基盤がある。
日本とは大違いです。
震災後、日本を支える中小企業が海外に進出していますけれど、
これをとどまらせる国策がなにもないのが現状のように見えます。
教育については、
韓国は、休戦状態で、兵役もあるという国
(中国も、国の方針がころっと変わることがあるので、
国民はグローバルに外にでていける
教育を親が望んでいると言う事情もあるんじゃないでしょうか。)
背水の陣で、がんばるみたいなところあるのかもしれません。






























